第160話 ワイン伯爵との再会です
私が総務事務省の自分の部屋で書類を見ているとジルが声をかけてくる。
「アリサ様。少しいいですか?」
「なに?」
「先日の『契約書の義務化』の通達を各領主に送る準備ができました」
「そう。それなら速やかにやってちょうだい」
何事も契約書が無ければ始まらない。
「ブラウン国王陛下の命令で5月1日から『契約書の義務化』が基本になりますが、猶予期間として一か月間は契約書無しでの雇用や取引も認められます」
そうね。領地内に周知してすぐに契約書を結ぶことになったとしても数日内にできるとは思えない。
日本だったら一か月でも厳しいかもだけど、この国は国王の命令が最優先される国だから行えるのだろう。
そう思うと国王の権力ってやっぱり凄いわね。
「分かったわ。そのつもりで私も仕事をするわ」
「はい。では今日中に通達を出します」
「残業代の方はどうなったの?」
私はもう一つの案件を聞く。
「残業代については5月1日分から支給が行われます」
まあ、5月まであと数日だから仕方ないか。
月の途中で導入すると計算も大変だしね。
むしろこんな短期間で制度が導入されるのは驚きだわ。
これが権力がなせる業なのかな。
いえ、違うわね。
この世界のご都合主義の神様がなせる業だわ。
褒めていただき光栄です。
「そう。分かったわ」
ジルは自分の席に戻った。
そこへクリスが扉を開けて入って来た。
「アリサ。父上から連絡が来ました」
「ワイン伯爵から?」
何だろう? 何かあったのかな?
「今日の就業時間の終わった後にアリサと私に会いたいと」
「え? ワイン伯爵って王都に来てるの?」
「ええ。仕事で王都に来たみたいで可能なら少し私たち二人と会いたいとのことです」
「それなら仕事が終わった後にホシツキ宮殿でお父様とクリスと一緒に夕飯を食べましょうよ」
「そうですね。では父上にはそう連絡しておきます」
「じゃあ、ついでにセーラに今日はワイン伯爵が一緒に食事するから準備するように伝えてくれる?」
「分かりました」
クリスはそう言って部屋を出て行った。
それにしてもワイン伯爵家から王宮に来て約一か月か。
あっという間のようなまだ一か月かと思うような不思議な感じね。
首席総務事務官として働くのも普通になってるし。
そうだ。ワイン伯爵に買った贈り物はまだワイン伯爵家に送ってなかったからちょうど渡せるわね。
お父様もナイスタイミングって来てくれたわ。
そして就業時間が終わり私はホシツキ宮殿に戻ったがクリスは王宮の正面出入口までワイン伯爵を迎えに行っている。
ワイン伯爵は私の父親だがホシツキ宮殿は王族の住居の近くにあるのでワイン伯爵だけではホシツキ宮殿まで勝手に来ることはできないとの話だ。
私はドレスに着替えてリビングでワイン伯爵を待つ。
すると扉がノックされた。
「どうぞ」
入室許可を出すとクリスとワイン伯爵が入って来た。
「アリサ! 元気だったかい!」
「お父様。お久しぶりです。元気にしてますわ。まあ、お座りください」
私とワイン伯爵とクリスはソファに座る。
「今回はお仕事ですか?」
「うん。そうなんだよ。後期分の実績報告書を提出に来たんだ。アリサが統一様式を作ってくれたから実績報告書も楽に作れたよ」
ワイン伯爵は心底嬉しそうな笑顔になる。
私はワイン伯爵と出会った当時のことを思い出す。
そういえばそんなこともあったわね。
ワイン伯爵も少しは事務力が付いたかしら。
まあ、シラーとシャルドネがいるから心配してないけど。
「お母様やシラーやシャルドネは元気ですか?」
「ああ。みんな元気にしているよ。アリサが引継ぎ書をきちんとしておいてくれたからそれに基づいて事業を行っているんだ」
「そうですか。お役に立てて良かったです。今回はお一人で来たんですか?」
「ん? ああ、護衛のためにウルフが一緒に来たよ」
まあ、ウルフが来たの?
ウルフは警備員として今も頑張っているのね。
でもここにはウルフの姿はない。
「お父様。ウルフは今日は連れて来なかったんですか?」
「いや、一緒に来たよ。今は廊下で待っているはずだ」
「まあ、それならウルフも部屋に呼びましょうよ」
私は立ち上がり扉の方に向かう。
その瞬間、ガキーンという金属がぶつかり合う大きな音が廊下から聞こえた。
な、なに!? 何があったの!?