第159話 お年寄りは何歳からですか
財務事務省の受付に行くとコインは今、ノースと会っていると告げられた。
経済事務官のノースがいるなら余計に好都合だわ。
私とギークは首席財務事務官室に行き扉をノックすると入室許可の声が聞こえる。
私たちが部屋の中に入るとコインとノースがいた。
「これはアリサ様にギークではありませんか。何か御用ですか?」
「突然来てしまってすみません、コイン様。『乗合馬車の運行』に関する経費の試算ができたのでそれを説明しに来ました」
「ああ。なるほど。あの件ですね」
そう言ったのはノースだった。
「はい。ノース様に以前お話した件です。できればノース様にもギークの話を聞いていただいてご意見などを伺いたいのですがお忙しいですか?」
「いえ。大丈夫ですよ。私の用事はもう済んだので」
ノースはそう言って私に微笑む。
私とギークは椅子に座り四人での話し合いが始まった。
私はまずコインに『乗合馬車の運行』の概要を説明した。
「なるほど。国民の足となる馬車の運行をするということですか」
「はい。移動にかかる時間が短縮できれば人流もスムーズになりますし、子供やお年寄りも移動が楽になります」
「アリサ様の言う通り人流が活発になればそれだけ経済的効果を高めることができます」
私の意見にノースが補足してくれる。
「それは確かに経済は人が動くことが基本ですからね」
コインは資料を見ながら答える。
そして次にギークが馬車を作る費用や馬車の運行を委託するための費用と乗車代として利用者から得られる収入の見込みの試算額の説明をした。
「一応アリサから子供は半額の金額で乗車できるようにと言われていたからそれを考慮して収入の見込みは計算したつもりだよ」
「ありがとう。ギーク」
私はギークにお礼を言う。
「ふむ。ではこの事業は一定の収入を得ながらの運営をするということですね?」
「はい。コイン様。安い金額ではありますがお金を利用者から得ることで費用の一部を賄えます」
「ひとつ私から提案があるんですが」
「何でしょうか? ノース様」
「先ほどアリサ様は子供やお年寄りの移動が楽になると言われたがそれならお年寄りも半額で利用できるようにするのはいかがですか?」
あ、そうか。日本もシルバーパスとかあるもんね。
いけない、気付かなかったわ。
でもこの国のお年寄りって何歳からの人だろう?
「それは良いお考えですね。私もお年寄りへの配慮を失念しておりました。ノース様の言うようにお年寄りも半額にした方がいいと思います」
「そうですな。その方が利用者も増えるでしょうし、まず最初は乗合馬車というものが国民に認知されて利用者を増やすことが大事ですからな」
コインもノースの意見に賛成のようだ。
「すみません、勉強不足で申し訳ないんですがこの国のお年寄りというのは何歳以上の人をいうのですか?」
私の質問にコインもノースも顔を見合わせている。
「そうですなあ。職業によっては年老いても働いている人もいますし、商会などで働く人の定年も商会ごとに微妙に差がありますしね」
なるほど。明確なお年寄りの定義はないのか。
でも一応「定年」という概念はあるのね。
「でしたら、この事務省での定年は何歳ですか?」
「事務官たちの定年は60歳です」
「定年した後に再び任用されて働く制度とかはありますか?」
「いいえ。定年後は退職金と今までの貯金で生活する者がほとんどです」
この役所には『再任用制度』はないのね。
日本では60歳で定年しても年金が普通に貰える65歳まで再任用されて仕事を続ける公務員は多い。
給料はすごく安くはなるが退職金だけで老後を暮らすのは大変だからだ。
今は定年の年齢を65歳にするような自治体もある。
日本では平均寿命が長いので定年退職後の人生もそれなりに年数があるから退職金と貯蓄だけでは生活が大変だとのイメージが強い。
この国では平均寿命はどのくらいなのだろうか?
「ちなみにこのダイアモンド王国の平均寿命は何歳ぐらいですか?」
「え? 平均寿命ですか? まあ、詳しく調査したことはないですが70歳ぐらいで亡くなる方が多いと思いますよ」
70歳か。それなら定年後に貯金と退職金で生活する者が多いのは納得ね。
「それならその60歳以上の方をお年寄りとするのはどうでしょうか?」
「ふむ。商会の定年もだいたいが60歳前後ですのでそれは良い考えかもしれません」
ノースはそう言って頷く。
「確かにその年齢で区切るのが一番分かりやすいかもですね」
コインも同意見のようだ。
私は自分で提案していながらも日本で60歳の人に「お年寄りですね」って言ったら怒られるだろうなと考えていた。
まあ、この国は日本みたいな長寿国じゃないから許されるかな。
「でもそうすると収入の見込み額が変わってくるよ」
「その試算なら資料を参考にして財務事務省が出しておくよ。ギーク」
ギークの言葉にコインが答える。
「では今回の『乗合馬車の運行』に関してはそのような流れで首席会議にかけることでいいでしょうか?」
私が最後の確認をすると他の三人は頷いた。
よし、これでとりあえず『乗合馬車の運行』については目途が立ったわね。