第149話 斬新な曲みたいです
部屋に入って来たのは茶髪に茶の瞳の男性。
年齢は40歳ぐらいだろうか。
だけど茶髪は鳥の巣のようにもじゃもじゃに乱れている。
この人、誰?
「今の曲を弾いていたのは誰だ!」
その茶髪のもじゃもじゃ頭の男性が大きな声で言った。
「まあ、あなた。お客様の前にそのような恰好で出てはいけないといつも言ってるじゃないの」
レイラ夫人がそう言ったので男性の正体が分かった。
この人がクラシック公爵なのか。
「そんなことはいい! 今の曲を弾いてたのは君か?」
クラシック公爵はピアノの椅子に座っていた私に近付く。
私は慌てて椅子から立ち上がり挨拶をする。
「初めまして。クラシック公爵様。首席総務事務官のアリサ・ホシツキ・ロゼ・ワインです。どうぞアリサとお呼びください」
「首席……総務事務官……?」
「まあ、あなた。首席総務事務官様があなたにお会いに来るとお話していたはずですが」
「そうだったっけ?……まあ、そんなことより今の曲を弾いてたのは君なんだろう?」
クラシック公爵が私の両手を掴んで聞いてくる。
いや、ちょっと手を離してってば!
「はい。そうですが。曲作りの邪魔をしてしまいましたか?」
レイラ夫人からただでさえ最近機嫌が悪いと先ほど聞いていたので私は心配になって尋ねる。
「とんでもない! もう一度、弾いてくれないか!」
「え? ああ、別にかまいませんが……」
「頼む!」
クラシック公爵が私の手を離してくれたので私はもう一度ピアノの椅子に座り先ほど弾いていたポップスの曲を弾き始めた。
するとクラシック公爵は目を閉じて私の曲を聴いていた。
私は曲を弾き終わる。
「素晴らしい!! こんな曲は聴いたことがない。君はどこの音楽家かね?」
は? 音楽家? 私が? っていうか私の自己紹介聞いてなかったんかい!
首席総務事務官だって言ったでしょ!
「いえ。私は首席総務事務官なので音楽家ではありません。今日はクラシック公爵様にお話があって……」
「うおおおおお!!! 今の曲をすぐに書かねば!!!」
「は?」
クラシック公爵はもじゃもじゃ頭を両手で掻きながら部屋を飛び出して行った。
え? ちょっと待ってよ。私の話を聞いてってば!
「ごめんなさいね。アリサ様。ああなると誰も止められないの。30分もすれば戻って来るのでお茶でも飲んで待っていてくださる?」
レイラ夫人が申し訳ない顔をする。
「いえ。少し驚いただけですので。待たせてもらいます」
わざわざ屋敷まで来たのだからクラシック公爵と話しができなければ仕方ない。
まあ、30分ぐらい待つのは平気よね。
私はレイラ夫人とお茶をしながらおしゃべりをして時間を潰す。
そして30分後、再び扉が音を立てて開いた。
わ! びっくりした!
そこには先ほどのクラシック公爵が立っていた。
この公爵って静かに扉を開けることできないのかな?
「出来たぞ……稀に見る傑作の作品が!」
クラシック公爵の手には何枚もの紙が握られている。
「まあ、素敵な曲ができたのね?」
「ああ、レイラ。そこの彼女のおかげだ。君、これがさっきの曲だよね?」
クラシック公爵から紙を渡されて見てみるとそれは楽譜で私がさっき演奏した曲が書かれている。
え? もしかして一回聴いただけで曲の楽譜を書いたの?
「ええ。確かに。先ほど私が演奏した曲ですね」
「そうだろう? こんな斬新な曲は初めてだよ! 君は素晴らしい音楽家だ! 今まで君のような音楽家の存在を知らなかったなんて一生の不覚!」
クラシック公爵は心底悔しそうに項垂れる。
いや、だから私は音楽家じゃないってば。
何度言えばこの公爵は私の言葉を聞いてくれるのよ!
それにしても噂どおりに少し変わった公爵様ね。
ほとんど頭の中は音楽のことしかないのかな?
「なあ、君。どこでこんな斬新な曲を覚えたか教えてくれないか?」
「斬新な曲ですか?」
「ああ、このような曲は私も初めて聴いたんだ」
私が弾いたのは単なるポップスの曲だけどなあ。
そういえば以前ワイン伯爵家にあった楽譜はみんなクラシック系の曲だったわね。
この国ではポップスの曲は新鮮なのかもしれない。
あ! それならそういう方向で話をしてみるか。
「クラシック公爵様。私の弾く曲の話も踏まえて聞いてほしいお話があるんですけど」
私はニッコリと笑顔でクラシック公爵に話しかけた。