第148話 習い事は役に立ちます
私は総務事務省に出勤する。
昨日は久しぶりにクリスとも話せたし楽しかったわねえ。
でもサタンには気をつけないとね。
私のせいで死人が出るのはなるべく避けたいもん。
私はチラリとサタンを見るがサタンはいつもの無表情。
でも特に機嫌が悪そうでもない。
サタンは無表情に見えるけど微妙に感情を浮かべる時もあるのよね。
私はいつもサタンといるし話すこともあるのでその微妙な表情の変化が分かる。
他の人には分からないような変化だがそれでもサタンにもちゃんと感情があるのだ。
さて今日の仕事をしますか。
私は首席総務事務官室で書類の山と戦いを始めた。
「アリサ様。先日頼まれた件ですが」
「頼んだ件って何だっけ? ジル」
「クラシック公爵とホット公爵との面会の件です」
おっと、そうだった。
休み前にジルに二人の公爵に会いたいと打診して欲しいと頼んであったわね。
「それで二人の公爵は会ってくれそう?」
「はい。クラシック公爵は今日の午後にでも屋敷に来てもらってもかまわないという返事で、ホット公爵は明日以降ならいつでも良いということです」
「そう。なら午後にクラシック公爵の所に行くから馬車の手配はできる?」
「承知しました」
私は午前中の仕事をこなして昼食を食べてからクラシック公爵の屋敷に馬車で向かう。
この馬車は首席事務官用の馬車だ。
馬車は王都内を走りやがて一つの屋敷にやって来た。
王都にあるとはいえ、なかなか広い敷地の屋敷だ。
馬車で屋敷の玄関まで進み私は馬車を降りる。
すると屋敷から男性が出てきた。
「これは首席総務事務官様。応接室で奥様がお待ちになっています」
ん? 奥様? 私はクラシック公爵に会いに来たんだけどな。
「どうぞこちらです」
「はい。ありがとうございます」
私はその男性の案内で屋敷に入った。
応接室に入ると銀髪に青い瞳の綺麗な女性が私を迎えてくれた。
年齢は30代半ばくらい。
この人が奥さんならクラシック公爵は意外と若い人物なのかな。
「こんにちは。首席総務事務官様。私はレイラ・クラシックです。クラシック公爵の妻です」
「初めまして。レイラ公爵夫人様。私はアリサ・ホシツキ・ロゼ・ワインです。どうぞアリサとお呼びください」
私は自己紹介をする。
「アリサ様のお噂は聞いております。とても仕事の優秀な方だと」
「いえ、とんでもありません。他の方々に助けられながら仕事をしています」
「まあ、謙虚な方ですわね。どうぞお座りになって」
「ありがとうございます」
私とレイラ夫人は一緒にソファに座る。
メイドの人が紅茶を淹れてくれた。
レイラ夫人はその紅茶を優雅に飲む。
う~ん、さすがに公爵夫人だけあって紅茶を飲む所作まで美しく優雅ね。
それにしてもクラシック公爵はどうしたのかな。
「あの、レイラ公爵夫人様。クラシック公爵様にお会いしたいんですけど」
「ああ、そうだったわね。夫のデニスは今部屋で曲を作っているの」
曲? ああ、そういえばクラシック公爵は作曲家だっけ?
「でも最近はあまり良い曲ができないと機嫌が良くなくてね」
「そうなんですか」
機嫌悪い時に来てしまったら「高位貴族の納税」の話に協力はしてくれないかもしれない。
困ったな。
私はふと応接室にピアノが置いてあるのが目に入る。
「あのピアノもクラシック公爵様が弾くんですか?」
「ああ、あれは私がお客様をもてなす時に使うのよ。私、これでもピアニストなの」
へえ、レイラ夫人はピアニストなのか。
「アリサ様はピアノをお弾きになる?」
「私ですか? まあ、少しなら弾けますけど」
私は小学一年生からピアノを習っていた。
ピアノを習い始めた理由は母が勧めたからだ。
私は比較的他の人よりも手足の指がほっそりと長い。
私が産まれた時に母は私の手指の長さを見て「ぜひ将来ピアノを習わせたい」と思ったそうだ。
まあ、実際にピアノを習ってみて私自身も音楽が好きになった。
ピアノ教室は社会人になって辞めてしまったがピアノを弾くことは家で続けていた。
なのでそんなに難しい曲でなければ普通に弾ける程度の腕は持っている。
ワイン伯爵家にもピアノがあったので時々弾いてはローズ夫人に喜ばれていた。
「まあ! ぜひアリサ様のピアノを聴きたいわ」
「え? でもそんなにうまくはないですよ」
「あら、演奏の基本は技能もあるけれど楽しい気分で演奏することが大事ですもの。問題ないわ」
まあ、私もピアノが好きじゃなかったら弾くこともないだろうけど。
私はレイラ夫人に勧められるままピアノを弾くことになった。
何の曲を弾けばいいのかな?
私が暗譜している曲でいいわよね。
私は日本にいた頃好きだったポップスの曲を弾き始めた。
曲を弾いてると日本にいた頃を思い出す。
美紀も元気にしてるかなあ。
今、弾いてる曲はよく美紀とカラオケに行って歌った曲でもある。
その時、応接室の扉が勢いよくバアンっと音を立てて開いた。
わ! びっくりした!
私は思わずピアノを弾く手を止めた。