第137話 入札制度はあるようです
私はいつも通り総務事務省へと出勤する。
脳裏に浮かぶのは昨日のお茶会のことだ。
ブランとゼランの気持ちは分かるわねえ。
自分と兄弟を見分けられない女性なんて本当に愛せるわけないもんね。
でも政略結婚とかだったら仕方ないのかな。
王族が政略結婚するのはたぶんこの世界でも普通にあることだろう。
でもブランとゼランは婚約破棄をしたのだからキャサリンとカテリーナと婚約破棄しても問題はなかったってことだ。
もしこれが三大国の王族と婚約していたらそうはいかなかったに違いない。
「やっぱり結婚は恋愛結婚がいいわよねえ………」
私は書類を見ながら思わず呟いた。
「どうかしたんですか?アリサ」
クリスが私に声をかける。
「ううん。何でもないわ。それよりちょっと経済事務省に行って来るわね」
「分かりました」
そういえばクリスとデリアって両想いよね。
クリスにもぜひ恋愛結婚してもらいたいわ。
そして私は経済事務省のノースを訪ねた。
乗合馬車を運行するために適した商会があるか尋ねるためだ。
私が首席経済事務官室に入るとノースは笑顔で迎えてくれる。
「これはアリサ様。何かご用件ですか?」
「ええ、実は今度『乗合馬車の運行』を検討したくて相談に来ました」
「乗合馬車?」
「はい。現状、国民は裕福な者以外は基本的に徒歩で王都や町を行き来しなければならないですよね?」
「そうですな」
「それで安い値段で乗れる『乗合馬車』を作ったらもっと移動が楽になるし、人流がスムーズになれば経済効果も期待できると思うんです」
私の説明をノースは真剣な顔で聞いている。
「確かに。王都や町の間を行き来するのが早く楽にできるとなれば王都までやってくる人も増えるし、逆に王都から町へ行く人も増えるし経済効果は期待できそうですね」
「はい。どんな商売も人が来てくれなくては成り立ちませんし。それに移動に時間が取られなくなったらもっと他の仕事にも手が回るのではないかと」
「ふむ。確かに興味深い提案ですな」
ノースは腕を組みながら考えている。
「オタク事務省とも検討中なんですが馬車の種類は三つの予定です。王都内を走る馬車、王都と主要な街を結ぶ「特急」馬車、そして王都と各領地内の町を結ぶ馬車です」
「なるほど。それは良い案だと思います」
「そこでノース様に相談なんですが、乗合馬車を運行することを委託できるような商会はありますか?」
「そうですねえ。馬車を扱う御者がいるような商会ですね?」
「ええ。できれば馬車とかが壊れた時の対応もできる商会がいいんですが………」
ノースは戸棚から分厚いファイルを取り出す。
何の、ファイルかな?
「ノース様。そのファイルは何ですか?」
「ああ、これは財務事務省に登録のある商会の名簿です。これには馬車を扱う商会もあったはずだと思いましてね」
ノースはそう言いながらファイルの中身を確認している。
そういえばこの国で委託する商会を選ぶのにはどうしてるんだろう?
まさか、賄賂を持って来た商会に仕事を任せるなんてしないわよね?
それって汚職だからさ。
「あの、ノース様。この国ではどうやって委託先の商会を決めるんですか?」
「え? ああ、こちらがいくつかの商会を指名して指名した商会で入札をして決めてますよ」
へ? この世界にも入札制度があるの?
しかも今の内容だと「指名競争入札」のやり方よね。
入札にはいくつかの種類がある。
通常は「一般競争入札」と「指名競争入札」と呼ばれるものが多い。
入札をする場合は予め企業が自分の会社の規模や職種などを役所に提出して役所はその企業の経営状態などの審査をして登録する。
登録が無ければ基本的には入札への参加ができない。
そして「一般競争入札」はその案件の入札資格の条件を満たせば基本的にはどの企業も入札ができる。
一方、「指名競争入札」はその登録された名簿から各経理部署が委託する仕事ができるであろう企業を5社以上選んで入札を行うもののことをいう。
委託内容によって特殊な技術が必要だったりもするので役所側が先にある程度実績もあり、この仕事ができる技術を持つ企業を絞って選んだ方が事業の失敗が少なくなるからだ。
安く請け負ってもらっても実際に予定の業務ができないのが一番役所としても困る。
もちろん指名する企業は経理担当者だけの権限で選ばれるわけではない。
通常は入札する前に指名する業者を選定する会議が開かれ、出席者は仕事を発注する課の担当者たちと関係部署の管理職でこの会議で最終的に指名される業者が決定される。
その会議では経理担当者はなぜその企業たちを指名するのかの説明をする。
そしてそれを客観的に見て「妥当」と判断されればその企業に連絡して入札してもらう。
この会議がなぜあるのかというとひとつの理由は汚職防止のためだ。
経理担当者だけの権限で指名する業者が決められるのであれば、経理担当者が企業から賄賂を貰って指名する企業の中に故意にその企業を入れることも可能になってしまう。
それを防ぐために権限を一人に集中させないのは基本的な汚職防止の方法のひとつなのだ。
でも一応、入札制度があるのは良かったわ。
「うん。いくつかの商会があるようです。後は委託内容の詳細と契約金額によって実際に指名する商会を選べばいいでしょう」
「ありがとうございます。経費については今オタク事務省に頼んでますので後日ご連絡します」
「分かりました。しかしアリサ様もいろんなことに気が付きますねえ」
ノースは私に笑顔を見せながらファイルを閉じる。
いえいえ、私は元の世界で普通だったことをやっているまでですから。
「いえ。私のしてることは特に珍しいことではないかと………」
「そうですかねえ。みんなが思いつかない所に目を付けるのは凡人にはできませんよ」
いえ、私はただの凡人のヒラ公務員です。
「まあ、経済事務省としても乗合馬車がもたらす経済効果の試算でもしておきますよ。誰かさんを納得させるためにね」
ノースの言ってる「誰かさん」って宰相のことよね。
あの人以外邪魔する人がいないもの。
「よろしくお願いします」
私はノースに頭を下げて経済事務省を後にした。
さて、とりあえずはギークからの乗合馬車の運行に必要な予算が分からないと財務事務省には出向けないわね。