第136話 好きな人を間違えますか
本日は王妃様主催のお茶会が開かれる。
ホシツキ宮殿でドレスに着替え終わるとちょうどブランとゼランがやって来た。
「アリサ。準備できたかい?」
「ブラン………あ、ゼラン様、今日は王太子の服装なんですか?」
「フフ、さすがアリサの目は誤魔化せないか」
ゼランがどこか嬉しそうに笑う。
宮殿に来たブランとゼランは服装を交換していた。
ゼランは王太子の服装をしてブランは王子の服装をしている。
だが、私にはすぐに二人が入れ替わっていることは分かった。
「そんなの、当たり前です。ブラン様はブラン様だしゼラン様はゼラン様にしか見えません」
「今日は面白いモノを見せてあげようと思ってね」
ブランが緑の瞳を細めて私を見る。
その瞳はまるでいたずらっ子のようにも見える。
なんだろう、面白いモノって。
「準備ができたなら行こうか」
ゼランが当たり前のように私をエスコートする。
あれ? 今日はじゃんけんしないのかな。
「今日はゼラン様がエスコートの順番なんですか?」
「フフ、本当ならいつもの勝負をブランとするんだけど、今日は王太子がアリサをエスコートした方が意味があるからね」
王太子がエスコートするのに意味?
でも王太子はブランよね。便宜上とはいえ。
私は意味がよく分からないまま、お茶会の開かれている中庭に向かった。
中庭には20名ほどの令嬢がいて、中心にはグリーン王妃の姿が見える。
私がブランとゼランと一緒に令嬢に近付くと令嬢たちのひそひそと話す声が聞こえる。
「まあ、ブラント王太子殿下とゼラント王子殿下よ。お二人ともやっぱり素敵だわ」
「あのブラント王太子殿下にエスコートされてるのは誰?」
「ほら、例の泥棒猫の………」
ちょっと、そこの人。聞こえてるわよ。
でもブラント王太子殿下にエスコートって、私がエスコートされてるのはゼランなんだけどな。
まあ、あまり普段二人を見慣れない人には入れ替わっても分からないのかな。
私たちは視線を集めながらもグリーン王妃に挨拶をするために近付く。
「母上。アリサを連れて来ました」
「グリーン王妃様。お茶会に招待してくださりありがとうございます」
私はグリーン王妃に頭を下げる。
「まあ、アリサ。よく来たわね。ゆっくり楽しんでね。仕事ばかりでは息が詰まるでしょうし」
「お心遣いありがたく思います」
そして私とゼランはグリーン王妃から少し離れる。
「ブラン。今日も素敵ね。でもお隣には身分不相応の娘がいるみたいだけど」
この声は。
私が声のした方を見るとキャサリンとカテリーナがいた。
声をかけて来たのはキャサリンだ。
うわ! いきなり修羅場じゃないの、これって。
二人揃っての登場なんて。
「いや、キャサリン。彼女は首席総務事務官も務めるほどの身分を持っているから伯爵令嬢でもこのお茶会に相応しい人物だよ」
そう答えたのは王太子の服を着ているゼランだ。
「だってブラン。実力でそちらの女性が首席総務事務官になったわけじゃないって噂よ」
「噂は噂に過ぎないよ」
私は頭がこんがらがってきた。
キャサリンが「ブラン」と呼んで話している相手は「ゼラン」である。
つまりキャサリンはブランとゼランの区別がついていないようだ。
いくら似てるからって元婚約者の顔が分からないとかありえるの!?
好きな人だったら双子でも間違えるなんてことないでしょ!
「ゼラント王子様。私と一緒にお茶を飲みませんか?」
「いや、今日はせっかくだからみんなとお茶を飲みたいね」
「まあ、ゼラント王子様は相変わらずお優しいのね」
今度はカテリーナがブランに「ゼラント王子様」と呼びかけている。
マジで?カテリーナも二人を見分けられないの?
そこで私は先ほどブランが「面白いモノ」を見せてあげるといった意味が分かった。
それに以前キャサリンとカテリーナはブランとゼランではなく王太子と王子が好きなのだという意味も。
ハハ、私でも自分を見分けられない相手を好きにはなれないわ。
私は笑顔を引きつらせながらブランを見る。
ブランの瞳は「これで分かったかい」っと言っていた。
「それじゃあ、ゼラントもそう言っていることだしみんなでお茶を飲もう」
王太子の服のゼランが宣言すると令嬢の間から歓声が上がる。
キャサリンとカテリーナは不満そうな顔だったがグリーン王妃が近づいて来たので大人しく引き下がった。
「まあ、今日はブラントもゼラントも機嫌がいいようね。これもアリサのおかげかしら」
グリーン王妃はにこやかに微笑む。
いや、だから王妃様。そういうこと言われるとまた二人が睨んでくるからさ。
それともわざと煽ってる?
グリーン王妃の笑顔が溢れるのとは反対にキャサリンとカテリーナの表情は鬼のようになっていく。
はあ、またいずれ一波乱ありそうだわ。
私は溜息をついた。
お茶会は表面上和やかな雰囲気で終わったけど最後までブランとゼランの入れ替えに気付く令嬢はいなかった。