第131話 無能より有能の方が役立ちます
宮殿に帰るとブランとゼランから夕食を共にしたいとの連絡があった。
ブランとゼランの誘いは嬉しいが王子宮殿まで行くのはちょっと面倒くさい。
ただでさえバカでかい宮殿だからだ。
私はセーラが用意してくれたドレスを着て王子宮殿に向かった。
王子宮殿の食堂に行くとゼランが待っていた。
あら? ブランはどうしたのかな。
まだ仕事中かしら。
「ゼラン様。お待たせしました」
「やあ、アリサ。待っていたよ」
「ブラン様はまだですか?」
「ああ。たぶんもうすぐ来ると思うが。もしかしたら途中で虫に捕まったのかも」
「虫?」
私が首を傾げると廊下の方から怒鳴り声が聞こえてきた。
「いい加減に私に付きまとうな!」
「いいえ! ブラン。貴方はあの女に騙されているのよ!」
一つはブランの声だ。
もう一つは女性の声。なんとなく聞いたことあるような。
食堂の入り口の扉が開いてブランが入って来るがその腕を掴むようにして女性も入って来る。
私は女性を見て「あ!」っと声を上げてしまった。
女性はブランの元婚約者のキャサリンだったのだ。
「私はこれからアリサと食事なんだ! もう出て行け!」
ブランは不愉快この上ないという顔で怒鳴る。
「何よ! 私と時間を取ってくれてもいいでしょ!」
キャサリンはブランに食い下がる。
うわあ、こういうのを修羅場っていうのかな?
キャサリンは私がいることに気付いてその紫の瞳で私を睨む。
「あら、こんなところまで乗り込んで来て我が物顔なんて失礼な女ね」
「いえ、私は夕食を食べに来ただけで………」
「何言ってるのよ! ブランは今までプライベートで食事の席に女を呼んだことはなかったのに!」
え? そうなの?
婚約者とも食事したことなかったの?
そういえばブランもゼランも女に興味なかったんだっけ。
「いい加減にしないか、キャサリン。私に文句を言うのはかまわないがアリサを中傷することは許さない」
ブランが緑の瞳を細めて低い声でキャサリンに告げる。
ブランから怒りの冷気が発せられた。
うわ! これってマジで怒っているよね?
キャサリンもブランの怒りが本物であることを感じたのかブランから一歩離れる。
「なによ。今回は出直すけど絶対ブランのこと諦めないから!」
キャサリンは私を一睨みすると部屋を出て行った。
「まったく。すまない、アリサ。気分を悪くしてしまって」
「いいえ、大丈夫です。ブラン様」
「王族でなかったら始末してやるのに………」
ブランは憎々し気に呟いた。
始末って………。なんか、ちょー怖いんですけど!
「ブラン様。夕食が冷めてしまいますよ。早く食べましょう」
私はブランの怒りが収まるように笑顔を見せる。
途端にブランはニコリといつもの笑顔を見せた。
「ああ、そうしようか」
「ブラン。アリサに負担をかけるなよ」
ゼランが一言そう言うとブランは黙って頷いた。
夕食が始まりようやく和やかな雰囲気になって来た。
「今日のアリサの国王への説明は分かりやすかったよ」
「ありがとうございます。ゼラン様」
「うん。確かに素晴らしい働きだった」
「ありがとうございます。ブラン様」
私は二人に褒められてお礼を言った。
「しかし前首席総務事務官は使えない男だとは思っていたが職務怠慢もいいとこだったな」
「そうだな。バロンを解雇して良かった」
前首席総務事務官って宰相の弟だったわね。
バロンって名前なのか。
「前首席総務事務官はそんなに仕事ができない人間だったんですか?」
「ああ、まあね。宰相がバロンのフォローをしてたが無能なのはすぐに分かった」
「無能なのを分かっていても首席総務事務官をやらせていたのですか?」
「無能な方が扱いやすいかなって思ってさ」
ゼランの言葉に思わず絶句する。
無能だから扱いやすい………。
そうか、そういう考えもあるのね。
「だが、アリサのおかげで無能な奴を操るより有能な者に仕事を任せていた方が有益だと気付いたよ」
「そう言っていただけると嬉しいですが」
「私たちは基本的に自分たち以外の人間を信頼してなかったからね」
「え? そうなんですか?」
「私たちに近付く者はみんな下心を持っていたから。これでも少しずつ優秀な者を見つけては各事務省の首席事務官にしたつもりだよ」
ブランの言葉に私は他の首席事務官の顔を思い出す。
確かに宰相以外はみんな優秀に思える人物だ。
各首席事務官の任命は国王が行うことに法律でなっている。
宰相がいくら気に入らなくても宰相の権限だけでは首席事務官を交代させることはできない。
「もしかしてギークも能力を見てあの若さで首席オタク事務官を任せたんですか?」
「ああ。ギークは子供の頃からいろんな研究成果を出していた人物でね。オタク事務官たちからは厚い信頼を得ているんだ」
へえ、そうなんだ。
ギークも実力があって首席オタク事務官になったのね。
「だけどギークは首席オタク事務官になるように言ったら条件を出してきたからちょっと考えてしまったけど」
「条件ですか?」
「うん。自分を首席オタク事務官にするならこの国の漫画本を全て集めるのを許可しろと言ってね」
「この国の漫画本を全てですか?」
「おかげで漫画本専用の宮まで建てなくていけなくてちょっと大変だったけどね」
ギークらしいって言えばギークらしい条件だけど漫画本だけが置いてある宮ってのも一度見て見たいわね。