第13話 保管文書の基本を教えます
「ア、アリサ。どうしたんですか?」
クリスは私の怒声に完全にビビッている。
いけない。12歳の子供をビビらすために私はいるんじゃないから。
ちょっと落ち着かないと。
私は怒りを静めるために深呼吸をした。
怒鳴ってばかりじゃ、財務課の係長と一緒になってしまうわ。
だけど私の中の公務員の事務職としてのプライドがここにある書類たちを許せない。
でも怒ってはダメ。ここは窓口業務で鍛えたスマイルよ。
「ねえ、クリス。ここの書類はなぜ村別でもなく品目別でもなく年代別でもなく全部が混ざって棚にしまってあるのかしら?」
「ああ、それは父上が済んだ分はとりあえず保管しておけばいいって言ったので空いてる隙間に書類を置いたからです」
とりあえず置いておけばいい?
もう済んだ書類だから?
事務を舐めてるんかい!!
保管書類はすぐに取り出せるように年代別や村別などに整理して保管しておくものだ。
そして必要な時にどこにあるかを一覧表にして管理する。
それが文書保管の基本だろうが!!!
「そう、ワイン伯爵が事務力が皆無なのが分かった気がするわ……」
「すみません。アリサ」
「クリスが謝ることなんてないわ。これはクリスにも勉強になることだから覚えておいて」
「はい」
クリスは素直に頷く。
「書類を保管する時はね。普通はまず年代別に分けてその後に事業別にするの。村別でもいいわね。そしてどこにしまったかを書いた一覧表を作成しておくの」
「なるほど。そうすれば見つけたい書類がどこにあるかすぐに分かるってことですね?」
「そうよ、クリスは飲み込みが早くて助かるわ。それに書類の廃棄をする時も年代別にしておけば古い年代のをごっそりと捨てられるから便利でしょ?」
「そうですね。アリサの言う通りです」
クリスは私に尊敬の眼差しを向ける。
イケメンに尊敬されるほど嬉しいことはない。
でも私が言ってることは事務では当たり前の話だ。
逆に今までどうやって事務処理してたのか聞きたいくらいだ。
「でもアリサ。この資料倉庫の書類を分類するには数日間かかると思いますし。もうすぐ夕飯の時間なのでとりあえず整理は明日にしませんか?」
クリスの提案に私も頷く。
そうね。とても一時間や二時間で終わるような作業ではない。
だがこの過去の資料がなければ適切な予算要求資料は作れない。
明日になればシラーとシャルドネも体が空くだろうから皆で作業した方がいいだろう。
「そうね。今日はとりあえず整理するのは止めておきましょう」
「ええ。明日は各村の村長も来るはずですし」
「そうだったわね。村長たちにも書類の再提出をお願いしないとだしね」
私とクリスは資料倉庫を後にしてリビングに戻った。
一息ついてるとワイン伯爵がやって来る。
「アリサ。アリサの言う通り明日の昼までにこの屋敷まで来るように村長たちには連絡したよ」
「そうですか、お父様、ありがとうございます」
私は笑顔でワイン伯爵にお礼を言う。
でもこの世界ってどうやって連絡を取るんだろう?
電話とかあるのかな?
「ねえ、お父様。各村との連絡ってどうやって行うの?」
「ああ、伝書鳩を飛ばすんだよ。あとは早馬に手紙を持たせたりするんだ」
やっぱり電話はないか。
期待通りの答えで涙が出そうよ。
今思えばスマホが神様の道具のように感じる。
スマホがあれば何でもできちゃう世の中なんてこの世界があと何年したらそんな時代になるのかな。
「アリサが文官なのは本当のことなんだね。いや、疑っていたわけじゃないけど書類を真剣に作成しているアリサの姿を見てアリサは文官であることに誇りを持っているんだなと思ったよ」
「はい?」
私が事務やっていることを誇りに思っているだって?
そんなこと考えたことなかった。
仕事だったから毎日書類と格闘してただけだ。
でも自分の作成した資料が上司に褒められると嬉しい気分になったこともある。
どうやら私は「伯爵令嬢」より異世界でも「公務員」の方が向いているのかもしれない。
それはそれでちょっと寂しいような嬉しいような複雑な気分だ。
「では夕食を食べようか」
私たちは食堂で夕食を食べた。
夕食もやはり質素な食事だったが文句はない。
そして明日は体力勝負の書類整理もある。
今日は早く寝て明日の戦いに備えるんだ。
こうして私の異世界初日は終わった。
マジで初日から疲れたから……。