第129話 特急を走らせるのはどうですか
ギークに連れられて私はオタク事務省の研究機関がある場所に来た。
一つの扉の前でギークは止まる。
そこの扉の上には『乗り物研究所』のプレートがある。
ギークは扉をノックもせずに入って行く。
ちょっと。ノックぐらいした方がいいんじゃない?
「キャリジいるか?」
中に入ると部屋は書類の山がたくさんあり数人の人間たちがいた。
ギークの言葉にのそりと茶髪に茶の瞳の男性が席から立ち上がる。
年齢は私とそんなに変わらない感じ。
「ギークですか。何の用です?」
「馬車に関する情報をアリサに教えたくてさ。少し時間あるか?」
キャリジと呼ばれた男性は私を見る。
「その子がアリサ?」
おっと、さすがギークの部下だけあるわね。
平気で私を呼び捨てにするとは。
まあ、それぐらいじゃ私も怒らないけどさ。
「そうだよ。今の首席総務事務官のアリサだよ」
「こんにちは。首席総務事務官のアリサ・ホシツキ・ロゼ・ワインです」
「ふ~ん。首席総務事務官って代わったんだっけ?」
「ああ。前のいけ好かない野郎と違ってアリサはいい奴だよ」
首席総務事務官が代わったことも知らないなんてさすが自分の好きなことにしか興味のないオタクってとこかしら。
「アリサ。彼はキャリジ・ナンバー。馬車に関する研究をしてるんだ」
「へえ、そうなんだ。よろしくキャリジ」
「ああ、馬車に興味があるなら大歓迎だよ。アリサ」
私が首席総務事務官と知ってもやはりキャリジは私を呼び捨てにする。
う~ん、まあ、オタクが変わり者なのは分かってるからね。
そもそも私だってこの世界に来てからアリサ様とか言われて「様」を付けられるようになったけど元々「様」を付けられるような身分じゃないヒラ公務員だったしね。
「まあ、座りなよ」
キャリジは私とギークに椅子に座るように言う。
私たちが座るとキャリジも椅子に座る。
「ところで馬車の何を知りたいの?」
「実はね……」
私は乗合馬車の構想をキャリジに話した。
「ふ~ん。乗合馬車か。今の馬車ではアリサのように人を運ぶためだけの馬車はない。経費を考えれば荷物用馬車を改造したのが一番安く済むと思う」
キャリジはそう言って資料を持って来る。
「これは荷物用の馬車の種類。アリサの言うように街中を走る馬車と町を繋ぐ馬車のタイプは分けた方がいいと思う」
「やっぱりキャリジもそう思うよな」
「うん。ギーク。あまり大きくても馬車は扱いづらいから基本的には一台に10名程度の定員がいいと思う」
なるほど。確かにそれぐらいの馬車がいいかもしれない。
私はキャリジの見せてくれた馬車の種類を見る。
え? 荷物用の馬車ってこんなにたくさんの種類があるの?
「これって荷物用の馬車の種類よね?こんなにたくさんあるの?」
私が尋ねるとキャリジは「当然」という顔をする。
「荷物は重い物もあるし何を運ぶかで車輪の大きさも変わるし内装も変わるんだ」
「そうか。それもそうよね。乗合馬車に向いてる馬車はありそう?」
「条件に一番近いのはこの「貨物型3号」だと思う」
私はキャリジの言う「貨物型3号」の資料を見る。
「これは元々荷物と人の両方を運ぶタイプだから荷物専用部分を椅子のようにして人が座れるようにすればおそらく10名程度の人間が運べる」
なるほど。このぐらいの馬車がちょうどいい感じか。
「あと王都内を走る馬車はともかく、町と町を繋ぐ馬車はどこの町を繋ぐかでタイプが違ってくるがどこを繋ぐ馬車を希望するの?」
「どこの町を繋ぐかが問題なの?」
「だってアリサ。王都と主要な町を繋ぐのは分かるけど街道が整備されている場所とそれ以外の場所では馬車のタイプが変わってくるさ」
それまで黙っていたギークが一枚の地図を見せる。
「これがダイアモンド王国の詳細な地図だよ。経費の面から考えても全ての町や村を繋ぐ乗合馬車の運行は無理だからまずは乗合馬車を走らせる路線を決めた方がいい」
そうよね。例えばワイン伯爵領で言えばワイン伯爵家のある町と王都を繋ぐ乗合馬車はあった方がいいと思うけど何もワイン伯爵領の村と村を繋ぐ馬車まで最初に作ることはない。
将来的にはそういう村と村を繋ぐ乗合馬車が運行できればいいけど事業を始める段階から「赤字」が見込まれる路線を入れるのは得策ではないだろう。
「そうすると。乗合馬車の路線は主要な町を結ぶ路線で考えた方がいいのね?」
「そうだよ。王都と同じ規模ぐらいの街はこの国では王都以外に三つ存在する。それがここだよ」
ギークが地図の三つの街を指で示す。
王都と同じ規模の街か。ようは第二の都市と言われるような街なのかな?
「ギーク。この主要な三つの街と王都の間は街道整備が出来ているの?」
「ああ。そうだね。この三つの街と王都の間の道は広くて基本的に街道整備は出来てるから馬車もスピードは出そうと思えば出せる」
そのギークの言葉で私は閃く。
「そうだ。この王都と主要な街を結ぶ路線には『特急』を走らせたらどうかしら?」