第114話 前任者は宰相の弟でした
私は経済事務省に行き、首席経済事務官への取次を受付の者に頼む。
本当は今日来る予定ではなかったから断られる覚悟もしていたがしばらくして首席経済事務官室に案内された。
中に入ると30代半ばの金髪に青い瞳の男性がいた。
「これは首席総務事務官殿。面会は明日と伺っていましたが何か急用ですか?」
「突然お邪魔して申し訳ございません。首席総務事務官のアリサ・ホシツキ・ロゼ・ワインです。アリサとお呼びください。まだ就業時間終了まで時間があったので今度の首席会議での議題についての事前説明に来てしまいました」
「そうでしたか。まあ、私も今ちょうど客人が帰って手が空いたところだったので良いタイミングでした」
「そうですか。恐れ入ります」
「私も挨拶が遅れて申し訳ありません。私は首席経済事務官のノース・ビジネスと申します。ノースとお呼びください」
ノース・ビジネスか。
なんかやり手のサラリーマンみたいね。
首席経済事務官に相応しい名前と言えば名前だけど。
「それで今回の議題とは?」
「はい。『契約書の義務化』と『文官の給与改定』についてです。資料をご覧ください」
ノースは私が渡した資料を見ている。
そして私はノースに案件について説明する。
「なるほど、契約書の義務化ですか……。これは少なからず国民にとっても大きな影響を与えますなあ」
「はい。それは分かっています。しかし現状のように口約束だけでは商売をする者にとってもリスクが大きいと思うんです」
「ふむ。取引に関することを契約書を作成することで明確化するということですな?」
「そうです。口約束では後で言った言わないの水掛け論になりかねません。やはりちゃんと経済活動のことを考えると契約書は必要です」
「まあ、アリサ様のおっしゃることは分かります。事実、トラブルが無いわけではないですからな」
ノースは資料を見ながら真剣に考えている。
「雇用契約書も義務化されるのですか?」
「はい。雇用主の気持ちひとつで使用人が不利益を被らないために必要です」
「なるほど。それは重要なことだと思います。我々は使用人を雇用する側の人間ですが中には悪質な貴族や雇用主がいないわけではないことは私も知っています」
雇用する側? ノースも貴族なのかな?
「失礼ながらノース様は貴族出身ですか?」
「ええ。これでも侯爵の爵位を持っています」
侯爵!? それって高位貴族よね?
「知らぬこととはいえ、不躾な質問を失礼しました」
「ハハハ、別にかまいませんよ。私は侯爵家に生まれて本来なら文官などならなくても生活はしていけるのですが根っからの仕事好きでしてな。仕事してないと落ち着かないので文官になったんです」
ノースは笑いながら答える。
そうね。ビジネスって名前からしてバリバリ仕事しそうだもん。
「まあ。この案件については賛成はします。商人たちの商売にも影響は大きいですが定着すればこれは好影響をもたらすと思いますから」
「ありがとうございます。ノース様」
「いやいや。なかなか今度の首席総務事務官殿はやり手ですな。前任者とは大違いだ」
「前任者?」
そういえば私の前にも首席総務事務官はいたはず。
前任者のことは頭から消えていたが私の前の人は今どうしてるのだろう?
まさか、私のためにクビになったとか!?
ブランやゼランだったらそれぐらいのことはやりそうだ。
「あの、ノース様。私の前任者ってどなただったんですか?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「おや、ご存知ありませんでしたか。現宰相の弟君ですよ。ただ、ほとんど宰相のコネで首席総務事務官になったような男だったので他の首席事務官には嫌われてましたな」
何ですって!? 宰相の弟だったの!?
私は宰相が私を憎悪の目で見ていたのを思い出す。
自分の娘の婚約を破棄にされて弟を首席総務事務官から外されたらそりゃ恨むわよね。
ハハ……。そんな宰相とこれから戦っていかないといけないのか……。
マジ、くじけそう……。
「でも私は才能のない前首席総務事務官よりアリサ様の方が何倍も良いと思いますよ。噂では二人の王子をたぶらかして首席総務事務官の位を手に入れた悪女なんて聞いてましたが、噂はあてにはなりませんなあ」
ノースは笑っているが私はやはりと思う。
やっぱり世間では悪役令嬢の噂が広まっているのね。
突然後ろから刃物で刺されないように気をつけようっと。
あ、でもそのために護衛のサタンがいるんだった。
私はサタンのことがこんなにも頼もしい存在に思えたのは初めてだった。
私には「銀の悪魔」がついてるんだもん。大丈夫よね。
「そうですか。首席総務事務官の名前に恥じないように今後も頑張ります」
「期待しております。アリサ様」
その後ノースは『文官の給与改定』についても同意してくれた。
ふう、とりあえず今日の仕事はここまでね。
一度総務事務省に戻って後は明日オタク事務省に事前説明に行けばいいわね。