第102話 残業代がありません
次の日。私はブランとゼランと朝食を済ませて総務事務省に出勤する。
基本的にここの事務官たちの勤務時間は朝9時から夕方6時まででお昼は一時間の昼休みとなる。
う~ん、日本にいる時と変わらない勤務時間にここが異世界って忘れそうだわ。
だけど満員電車で通勤とかないだけマシね。
でも王宮ダンジョンは広いから出勤だけで足腰が鍛えられそうよ。
首席総務事務官の部屋に入ると既にクリスとジルが出勤していた。
二人は私に気付くと挨拶をしてくる。
「おはようございます。アリサ」
「おはようございます。アリサ様」
「おはよう、クリス、ジル。もう仕事を始めてるの?」
「はい。ジルが昨日の契約書の内容の素案を作成してくれたので」
「え? もう素案ができたの?」
私は驚いた。
確かに契約書の内容についてはワイン伯爵家から標準契約書を持って来ていたのでそれをもとにして内容を国バージョンに変える作業を昨日したのだ。
「はい。元々の見本となる契約書がありましたので素案作りはそれほど難しくありません」
ジルはそう言って椅子に座った私に国バージョンの契約書を見せる。
「アリサ様。確認をお願いします」
「分かったわ。でもジル、貴方は昨日残業したの?」
「あ、はい。少しですが……」
「少しってどれくらい?」
「二時間弱ぐらいでしょうか」
う~ん、昨日は私も初日だったから定時で帰ったけどジルはその後も仕事をしていたのね。
残業するなとは言えないけど、これからは部下を持つ者として部下の勤務時間にも気をつけないとだわ。
「じゃあ、ちゃんと残業代をつけておいてね」
サービス残業反対派の私はジルにそう言ったがジルはなぜか戸惑った顔をした。
うん? どうかしたのかな?
「どうかしたの?」
「恐れながら『残業代』とは何でしょうか?」
「は?」
私はジルの言葉をすぐには理解できなかった。
残業代って言ったら残業に対して支払われる手当よね?
それともこの世界では残業代って別の言い方するのかな?
「残業代って勤務時間外に働いた時間に応じて支払われるお金のことよ?」
「恐れながらそのようなお金は貰ったことがありませんが……」
「はい!?」
今、何て言ったの? 残業代を貰ったことがないですって!?
「ちょっと待って! じゃあ、今まで勤務時間外に仕事をしたらその分のお金は貰ってなかったの?」
「はい。給料はいつも月額で決められている定額を貰ってましたが……」
「マジで!? 今までずっと『サービス残業』だったの!?」
「サービス残業……ですか?」
ジルはサービス残業の意味が分からないという顔をしている。
これは一大事だわ! 給料制度の改革も至急しないといけないわ。
残業しても残業代が付かないなんて絶対あってはならないことだ。
だから余計に雇用契約書が必要ね。時間外勤務手当やその他に必要な手当もあるか確認しないとね。
「とりあえず現状は分かったから、この際給与改革も同時に行うわよ。クリス、ジル」
「はい、分かりました。アリサ」
「承知しました」
「ジルはとりあえず勤務時間外に仕事をしないようにしてね。どうしてもっていう時は仕方ないけど」
「はい」
ジルは頷く。
それにしても残業代がないなんてめちゃくちゃブラック職場じゃないの!
ワイン伯爵領で雇用契約書を作った時に給料については月額又は日額でいくら払うことって決めてあったけど、まさか残業代というモノが無いとは思わなかったから失敗したわ。
これからはもっと注意が必要ね。
今までは雇用契約書で月額や日額の給与について決めれば問題ないと思っていたがまさか根本的に「残業代」という概念が無いなんて。
雇用契約書を結べばそれで大丈夫だと思っていたがもっと隅々まで確認が必要なようだ。
これは契約書とセットで給与に関する法律の整備が必要ね。
国の人件費にも関することなので財務事務省との調整も必要だろう。
一度首席財務事務官と会っておく必要がありそうね。