第101話 罠には気をつけましょう
その日はジルに文官と国との間で結ぶ雇用契約書の中身について議論して終わった。
ジルはブランが選んで私の補佐にしただけあって有能だった。
こちらが説明することの要点をまとめて必要な事務作業を他の総務事務官に指示を出していく。
まあ、初日としてはこんなものね。
残業するほどではないし、ましてや私は残業反対派なので夕方の就業時間の終わりを報せるチャイムと同時に仕事を終えた。
またサタンの案内で自分の宮殿まで帰る。
それにしてもサタンはずっと部屋の隅で立っていたけど休まなくていいのかな。
休憩時間にそれとなくサタンに椅子に勧めてみたけれど「……私はこの方がいいので……」と断られてしまった。
う~ん、サタンとも仲良くしたいんだけどなあ。
銀の悪魔は基本的に無表情だ。
それに私の部屋に出入りする総務事務官たちもサタンとは目を合わせないようにしている感じだった。
やっぱり、サタンは恐れられているのかな?
三大国すらサタンを恐れているってクリスが言ってたものね。
宮殿に帰るとセーラが待ち構えていた。
「アリサ様。夕食は王太子殿下たちがご一緒になられますのでドレスにお着替えください」
「え? ブランたちと?」
「はい。ブラント王太子殿下もゼラント王子殿下もこのホシツキ宮殿の食堂で召し上がると連絡を受けています」
まったくブランとゼランと食事するたびに着替えないとなのは面倒ね。
でも首席総務事務官の服は「仕事服」だからゆったりできないといえばできない。
仕方ない。着替えるか。
私はセーラが用意してくれたドレスに着替える。
私が着替え終わったぐらいにブランとゼランが私の宮殿にやってきた。
食堂で食事を取りながら二人と話す。
「アリサ。初日の仕事はどうだった?」
「はい。ブラン様。まずは『契約書の義務化』をすることにしました。何をするのにも契約書は必要ですから」
「なるほど。それはいい考えだね」
ブランもゼランも賛成してくれる。
「でも国の中枢で自分が働くなんて思わなかったのでちょっと緊張してしまいました」
「アリサは自国では文官だったのだろう?」
「ええ。ゼラン様。でも私は地方のしがない文官だったので……」
そう、私は日本で公務員をやっていたが私は国家公務員ではなく地方公務員だったし、役職もないヒラ公務員だった。
それに比べたらここでの首席総務事務官の位は国家公務員のさらにエリート組の仕事だろう。
いや、場合によってはそれ以上の政治家がやる仕事に近い。
「そうなのか。アリサは優秀だからてっきり自国でも高位職に就いていたと思っていたよ」
「私もそう思っていた」
ブランもゼランも「意外だ」という表情をする。
いやいや、私よりも優秀な公務員はザラにいるからさ。
「そうだ。アリサの言っていたアリサを首席総務事務官として雇うことを書いた契約書を持って来たんだ。サインしておくれ」
「はい。後で内容を確認したらサインします」
「おや、ここでサインしないのかい?」
「ブラン様。契約書は隅々まで確認してサインするモノなんですよ。サインしてくれと言われて簡単にサインしてはいけません」
私はもっともらしい意見を言ったが本心はちゃんと確認しないとこのモンスター王子たちと何を約束させられるか分かったものではないという用心からだった。
ブランやゼランだったら雇用契約書の中に王子たちと結婚することって書いてある文章を紛らせておくぐらいのことはやるに違いないもの。
「ふ~ん、やっぱりアリサは一筋縄じゃいかないね、ブラン」
「そうだな。さっさとサインさせようと思ったんだが見抜かれたか」
え? まさか、本当に罠を仕掛けておいたの?
「まさか、ブラン様、ゼラン様。契約書に自分たちと結婚することなんて書いてないですよね?」
私が確認するとブランもゼランも私の視線を避ける。
「いや、今日はアリサも仕事初日で疲れているだろうから明日改めて雇用契約書を渡すよ」
ブランの言葉で私は自分の言ったことが当たっていたと確信した。
本当に油断できないわね。
この王宮で私は生き残れるのかしら。