百合に挟まらず、百合を囲み、百合を愛せ のはじまり
俺は百合好き男子だ。
三度の飯を見せられるより百合カップルをみている方が断然良い。
百合とは、男から見て彼方の存在である女性と女性がくっついている不可侵領域であり、万病に効く薬であり、色めく大宇宙である。
そんな世界を俺はあがめている。
百合は女性同士の恋愛がゆえに儚い何かを感じるし、異性同士の恋愛とはまた違った面白みや尊さがある。その世界に俺は完全に魅了されてしまっていた。
そんな俺には許せないものがある。これは共通認識であるはずと思って良いはずだし、あるべきであるが、百合の間に挟まる男、すなわち間男である。
ネットではもちろんリアルであっても百合の間に入ろうとした人間とは仲良くなれない。むしろ敵対すべき害悪だろう。
そんな存在とは縁を切りつつ、ただ百合を守り、見守る壁になりたい人生を送ってきた。そして、今日、高校第二学年はじめの日を迎えた。
俺はいつもより少し早く目覚めたため、とりあえず百合コミックに手を伸ばしていた。
「あぁ……尊い……死ねる……自分の汚れが浄化される……」
学校の始まりという憂鬱さをこの一冊のマンガが吹き飛ばしていく。読み進めていくうちに脳内は尊さで埋め尽くされていくし、テンションが徐々に謎のハイへと変わっていった。
「今日はもうすでに一日が楽しい!」
そう叫ぶのはさすがにヤバイやつだが仕方がない。事実だ。叫んだ。
ピピピッと今頃になって今日は不用となった目覚まし時計が鳴り始める。普段ならここからマンガを読み始めるが、今日は違う。もうこの気分の良さすぐにでも学校に行けそうな気がした。
すがすがしい気分でリビングのある一階へと降りる。
「おはよう、壱日。今日は早いのね」
もう朝食の用意を終え、コーヒーをすすっている母さんが聞き慣れた声でそう言う。パソコンでいろいろなサイトを見ているところから、俺より早く起きていることが分かる。
「おはよ、珍しくて俺も驚いてる」
そういいながら食卓につく。いつも通りのパンとヨーグルトの比較的簡素な朝食だ。
「なんだ、兄貴もう起きてたの」
普通だったら綺麗だと思うけども、聞き慣れたせいでなんとも思わないようになった声が後ろから聞こえた。
「二色、いやみにしか聞こえないんですが、それは」
妹の二色は黒いダボダボのTシャツから肩が出ていて、短め黒髪は少しはねている。今日は俺の方が早起きだったようだ。
「いやみに決まってんじゃん、兄貴頭悪くない?」
軽めの暴言をさらっと言ってくるところ、気に入らないし直した方が良いと思う。そのくせ外面は良いしそこも良くない。なんてことを言うと喧嘩が始まるので、気分が良い俺は無視する。
にいろは俺の向かいに座ると何もつけずにパンをひとかじりする。
「バターつけないとやっぱり味気ないよね」
「その台詞何回目よ……」
そんないつものことを話しながら朝食をとる。百合のおかげで普段より朝食がおいしかった。
朝食の後は学校に行く準備をする。今日は入学式ゆえに持って行くものはほとんどない。強いて言うなら先週からの課題くらいだろう。
「やっぱり、二色はなんでもにあうなぁ!」
一階から父さんのいかにも親馬鹿といった台詞が聞こえてきた。どうせ今日から俺と一緒の高校だから新しい制服着ているんだろうけど。買いに行ったときから何回目だよこれ。
妹が今日から一緒の学校という少し複雑な気分になりつつ準備を進める。バッグの中も詰め終わって、歯磨きも、髪も支障ない程度に直した。これで学校に行ける。
一階に降りると馬子にも衣装というか、まぁそれなりに綺麗にしている妹がいた。
「どうよ、兄貴」
謎の自信に満ちあふれている彼女の声はいつもより軽快で、これからの学校生活に期待している様子だった。
「ふーん、いいんじゃない? というか俺はもういくぞ?」
「ちょっと待ってよ」
玄関で靴を履き、ドアを思いっきり押す。外の光が入ってきて俺は目を細めた。
「いってきまーす」
「いってくる」
こうして俺は煩悩との一年間に及ぶ戦いに足を踏み入れた。