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私を嫌いなあなたが大好き  作者: 織島かのこ
後日談【唇までの距離】
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世界一かっこよくて素敵な彼氏

「それにしても、烏丸さんがあんなに劇的にイメチェンするなんて思わなかったな……」


 烏丸との対決から数日が経った、放課後の帰り道。隣を歩くひかりが、しみじみと呟いた。俺も「そうだな」と同意する。


 水無瀬ひかりの本性を垣間見た烏丸百合花は、突然ひかりの真似をすることをやめた。

 ひかりのアドバイス通りに髪を切り、メイクの仕方も変わった。ツヤツヤとした黒髪のショートボブに、大人びた色気のある垂れ目は、もはや水無瀬ひかりとは似ても似つかない。あまりの変わりように周囲は驚いたが、以前よりも断然似合っているし、好意的に受け止められているようだ。

 烏丸は俺にちょっかいをかけることをやめ、代わりにひかりへの好意を露骨に表に出すようになった。チョロチョロとひかりの周りをついてまわり、憎しみのこもった目を俺に向けてくる。

 新庄に「過度なスキンシップはよさないか。水無瀬さんが困っているだろう」と言われても聞く耳を持たず、ひかりにベタベタしている。困り顔のひかりを挟んで、二人で言い争っている姿をよく見かける。最初はうんざりしていたクラスメイトも慣れたらしく、もはや誰も気にしていない。

 俺だってひかりにベタベタする烏丸に腹が立たないわけではないが、新庄と同じレベルであいつとやり合うつもりはない。なにせ、俺はひかりの彼氏なので。


 いつもの公園を通りかかった俺とひかりは、馴染みの白猫の姿を見つけて足を止めた。ブロック塀から華麗なジャンプを決めた白猫のヒメは、すりすりと俺の足元に擦り寄ってくる。ぱっちりとした大きな猫目と品のある雰囲気が、ひかりによく似ていて好きだ。

 その場にしゃがみこんで、ふわふわとした真っ白い毛を撫でてやると、気持ちよさそうに喉を鳴らして腹を出す。扱いさえ心得てしまえば御し易いところも、やっぱりひかりに似ているなと思う。


「ヒメはほんとに悠太が好きだねえ」


 俺の隣で膝を抱えたひかりは、白猫の腹をツンツンとつつく。ヒメは、邪魔しないでよ、とばかりに、ジロリとひかりを見やった。


「うわっ、今睨まれたよ! 嫉妬深い猫だね! くそう、悠太の寵愛を一身に受けてるのは私なんだからねー! 正妻の座は絶対渡さないんだから!」

「側室を娶る予定はねえよ」


 ぎゃあぎゃあとうるさいひかりを横目に、俺はヒメをひょいと持ち上げて抱えてやった。最近のヒメはますます俺に懐いており、こうして抱っこをしても嫌がらなくなった。俺の胸に身体を預け、気持ち良さそうに目を閉じている。こういうところは、ひかりよりも素直だ。

 よしよしとヒメの背を撫でていると、ひかりはむーっと頰を膨らませて、俺の背中をポコポコ殴ってきた。


「イタッ。なんだよ」

「悠太の女たらし! 他の女の子に優しくするの禁止!」

「優しくすんのはおまえだけだよ。人間のメスの中では」


 俺が言うと、ひかりはポッと頰を染めた。まるで照れ隠しのように、ぐりぐりと俺の背中に頭を押し付けてくる。「うー」と唸り声をあげながら、ぎゅっと後ろから抱きついてきた。


「こら。肩甲骨をぐりぐりするな、痛いから」

「……悠太がモテたら困るぅ」

「おまえとヒメにしかモテねえから安心しろ。烏丸の件だって、結局勘違いだっただろ」


 俺の言葉に、ひかりは「そうだけどお……」と呟き、むーっと唇を尖らせた。

 さまざまな誤解はあったが結果として、烏丸は俺に興味なんて微塵もなかったわけだ。隼人には「悠太がモテるなんておかしいと思った!」と笑われた。俺もおかしいと思ってたので、特に異論はなかった。


「普通に考えて、俺がモテるわけねえだろ」

「そりゃあ、烏丸さんの場合はそうだったけど! ……でもね、悠太は絶対そのうち、ものすごーくモテちゃうと思うの」


 ひかりの言葉を、俺は「ないない」と鼻で笑い飛ばす。と、「もう、真面目に聞いて!」と叱られてしまった。ヒメも俺を咎めるように「フニャア」と鳴く。


「悠太は自己評価が低すぎるよ! もっと自惚れてもいいのに!」

「……自惚れる要素がないからな。俺は取り立てて平凡でつまらない男だし、おまえと付き合えてるのも奇跡みたいなもんだ」

「悠太!」


 ひかりの両手が伸びてきて、ぱちんと頬を包み込まれる。ひかりの手は、いつでも柔らかくて温かい。俺の顔を覗き込む焦茶色の瞳は、この世に存在するどんな宝石よりも美しい。


「私、悠太のことが大好きだよ。ちゃんと伝わってる?」

「……うん」

「だったらもっと自信持ってよ。……たぶんきっとこれから、悠太の良さに気づく人が、たくさん現れると思う。だって悠太は、ものすごーく素敵な人だから」

「……ひかりは俺のことを過大評価しすぎだ」

「そんなことない。だって……」


 そこで言葉を切ったひかりは、猫のような目をきゅっと細めて口角を上げた。


「世界で一番可愛くて素敵なひかりちゃんにこんなに愛されてる悠太は、世界で一番かっこよくて素敵だと思わない?」


 甘く優しく紡がれるひかりの言葉が、すとん、と腹の底へと落っこちる。冷静に考えると破綻した理屈なのだろうが、不思議なことに、ごく自然に受け入れることができた。

 ……それもそうか。水無瀬ひかりに愛されている俺が、ただの平凡でつまらない男のはずがない。


「思う」


 俺が頷くと、ひかりは心底嬉しそうに、へにゃりと頰を緩めて笑う。彼女が俺だけに向けてくれる笑顔を、他の誰にも見せたくない。


「もし悠太がモテちゃって、例えば他の子に告白されたとしたら……すごくすごく、ものすごく嫌だけどぉ……」

「おい。妄想で落ち込むなよ」

「……でも、他の子たちなんて目に入らないぐらい…悠太にとって、世界一可愛くて大好きなひかりちゃんになりたいな」


 ――もうとっくに、世界で一番可愛くて大好きだよ。

 面と向かってそう言ってやりたかったのだが、やめておいた。もしそんなことを口にしたら、照れたひかりに力いっぱい突き飛ばされるに違いない。


「だから、そろそろヒメより私に構ってよ!」

「……はいはい」


 拗ねたように言ったひかりが、大きく両腕を広げる。俺は仕方ないなあというフリを装って、そっとヒメを地に下ろした。代わりに彼女の肩に腕を回して、優しく抱き寄せる。甘えるように胸に擦り寄ってくるひかりの耳元に口を寄せて、小さく囁く。


「……温泉。いつ行こうか」


 俺の言葉に、ひかりは顔を上げると、ぱあっと表情を輝かせる。


「え!? いいのー!?」

「あとで日程決めよう。ただし、おまえの両親の許可取ってからな。さすがに何も言わずに行くのはまずいだろ」

「えー。うちの親、たぶん反対しないよ? 放任主義だから」

「それでも、だ」


 海外にいるというひかりの両親に電話をかけて、きちんと許しを乞わなければ。今後長い付き合いになるかもしれないのだから、最初の印象が肝心だ。……一人暮らしの娘の部屋に入り浸っている男など、既に印象が良くないかもしれないが。

 怒られたらどうしよう、と憂鬱になっている俺をよそに、ひかりは「やったー」と無邪気にバンザイをしている。


「悠太、行く気になってくれたんだね! 行きたくないのかと思ってたよー!」

「行く気はあったぞ、一応。ただ、その……我慢できる自信がなかっただけで……」

「え? どういうこと?」

「……ひかりのためなら、我慢ぐらいいくらでもしてやるって話だよ」


 きょとんと目を丸くしたひかりが、首を傾げる。俺はひかりを喜ばせるように、ぐしゃぐしゃと乱暴に髪をかき回してやった。

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