42話 潜入Ⅴ
「いた!…目立った外傷とかは無さそう!」
ドアを開けた零央が放ったその言葉に、俺は安堵した。
赤ちゃんたちはまだ助けられるのだと知り、俺を含めた3人とも急いで部屋の中へ入った。
先程すぐ隣で戦闘があったにも関わらず、赤ちゃん達はよく眠っていた。
「呼吸にも異常は無さそうです。本当に無事で良かった…。」
俺も『眼』で確認したが、身体構造的にもおかしな点は無かった。赤ちゃん達は攫われた時のままの状態だった。
「フゥ〜……よし、それじゃあ早く外に出してやろう。2人とも頼むぜ。」
零央と黄緑は俺の言葉に頷くと、校長から渡された青い宝石の魔道具を準備した。
手のひらに収まるサイズのそれは、赤ちゃんの弱々しい肌に当然のようにくっついた。
俺と麗沙は戦闘した時に落としたらマズいと零央と黄緑の2人に魔道具を預けていたので、一人一人体調を確認しながら魔道具を付けていく2人を見ることしかすることがない。
あぁ、暇だ………。
「……俺このままだとやることないから、麗沙の様子見てくるよ。」
俺はとうとう痺れを切らし、何かしらの行動をすることにした。
麗沙の様子を見る、というのも実際は建前だ。
見たことはないが、あれだけやる気を出しといて実は弱いなんてことはないだろ。
なので心配をすることはないのだが、やることが何も無いこの部屋から出る理由としては十分だ。
分かった、という零央の返答を聞き、俺は部屋を出た。
「さて、あの戦闘狂お嬢様は今何をしてんのか…。」
俺は奥の部屋のドアから先程入った魔石研究室の扉まで一直線に向かった。
「おーい、そっちはどんな感──」
待ってるのは嫌だったので扉の前に立ってすぐにそれを開けると。
ビュンっ。
と。
目の前を人が凄い速さで通り過ぎた。
いや、通り過ぎたというか、ぶっ飛んでいかなかった?
そしてその直後にドサッという音が聞こえた。
絶対さっきのやつが床に落ちた音だ…。
「ふぅ…本当に張合いがないわね…期待外れだったわ。」
人が飛んでったのと逆の方向にドア枠から顔を覗かせると、麗沙が長い髪を手でなびかせながらこちらへ歩いてきた。
「あ、そっちももう終わったのね。あのゴーレムも手応えなかったの?」
「…ああ。攻略法さえ分かれば数が多くてめんどくさいだけだった。」
そんなことよりもあんな風に人がすっ飛んでいくのを初めて見たことと、それをやってのける麗沙のことで俺の頭の中はいっぱいだった。
「…ちなみにそっちはどうだった?」
「あんた人の話聞いてたの?全くもって相手にならなかったわよ。どいつもこいつも距離取って魔法を撃つ戦い方しない臆病者だったわ。剣を降ってきたやつも私でも分かる程のデタラメな剣筋だったし。オマケに全員一撃で吹っ飛んで戦闘終わり。やる気出して損したわ。」
最後にとんでもないこと言ってなかったかおい。
「……はぁ。まぁいいや。とりあえず襲ってきた敵は返り討ちにしたわけだ。零央と黄緑が準備を終えれば──」
「待って、静かにして。」
突然話を遮られたと思うと、麗沙が耳を澄ましていた。
「…あんた本当に室内の敵は片付けたのよね?」
「? あぁ。倒した後確認したぞ。最初いた数と同じ21…。」
俺も『眼』を用いて周囲を確認したその時、魔石研究室の中にいるはずのない構造物を発見した。
その形状は、先程戦ったゴーレムに酷似していた。
俺は扉を蹴り飛ばし室内に入ると、『眼』で確認した通りさっきより2回りほど大きいゴーレムが立っていた。
「発生源は、やっぱあいつらか…!」
ヤツの立っている場所、そしてそこにあったものが無いことから、俺はさっき倒したゴーレム達がヤツとなったことを悟った。
「へぇ…さっきのやつらよりは耐えてくれそうねっ!」
麗沙はすぐさま巨大ゴーレムへその拳を叩き込むべく飛びかかった。
俺も間髪入れずそれに続いた。
あのゴーレムがさっきのヤツらから出来上がったものなら、ただの魔力を用いた攻撃しか効かないあの性質を引き継いでいても不思議じゃない。突っ込んだ麗沙のカバーの為に俺は動いた。
だが俺の予想とは裏腹に、麗沙の拳は弾かれることなくゴーレムを捉え、その威力によって体勢を崩し、その体を床へ叩きつけた。
よく見ると、麗沙の拳には炎が揺らめいていた。
(麗沙が付けている金属製のグローブ型魔装具が関係してるっぽいな…あの炎。魔術じゃなくて魔法付与か?)
魔法付与とは、主に属性石や刻印術式を用いて魔力に性質を加える技術のことだ。
俺の氷剣は魔力を氷属性へ「変質」させて作ったものだが、麗沙のそれは魔力に何かしらの性質を「付与」させたもの。魔力そのものに違いがある。
氷属性に変えた魔力ではゴーレムを斬れなかったが、性質を付与させた魔力は属性が変わっていなかったから攻撃できたんだろう。
これなら…多分行ける。
麗沙によって倒れたゴーレムへ俺は追撃を行う。
振り下ろした魔力の剣はゴーレムの肩から腹にかけてを斬り裂く。はずだった。
「なっ…!?」
魔力の剣は、ゴーレムに触れた瞬間に刀身部分が霧散した。
武器を失った俺は一旦距離を取る。
しばらくしないうちに手に残っていた柄の部分も影を残さず消えた。
「どうなってんだこれ…。」
「何下がってんのよ!あんたも大したことないわねっ!」
再び拳を強く握って突撃する麗沙。
しかし、さっき自身を地へ叩き伏せた拳を受けたゴーレムは微動打にしなかった。
「な…炎が消えてる…!?」
「っ麗沙、避けろ!」
ゴーレムは麗沙を薙ぎ払おうと左腕を上げた。
それが振り下ろされるのと麗沙が後ろへ跳ぶのは同時だった。
「群体の時よりも速度が上がってるって、どんな理屈だよ…。」
恐らく零央と黄緑は赤ちゃん達の保護を完了させる頃だろう。後は帰るだけってところだったってのに。
ほとんどの攻撃が効かず、有効打も当たる前に無効化されるとかいう、厄介な敵と戦うことになっちまった。