36話 犯人探し Ⅳ
「あぁ…眠気は無いのにまだ寝てたい…。」
そんな状態になっている理由は明白だ。
昨日の地獄の作業を終え家に帰って寝たわけだが、翌日になった今でも疲れが取れない。
体は動くが脳が布団を恋しがっている。
「とりあえず、出来る範囲で頭を働かせよう…。」
何か考えておかないとぶっ倒れる気がした。
「まず、昨日の成果は、確か8桁の数列だったはず…。」
あまりにもキツすぎた作業で得られた、ちっぽけな情報。
薄く、しかしはっきりとメモに書かれているその数字が何を表すのか、実はまるで分からない。
零央たちに聞くか、最悪赤嶺校長に聞くしかない。
図書館に手がかりがあるかもしれないが、文字や数字の羅列はしばらくは見たくない…。
「零央は同じクラスだからいいとして、2人は教室前に来てくれてるといいんだが…。」
3人も俺と同じ体調の可能性もありえるんだよな…。
いや、作業量は俺が1番多かったんだ、きっと大丈夫だ。
きっと。
現在時刻、11時34分。
4時間目もあと数十秒で終わる時間だ。
「…もう、無理…。」
授業としてはおそらく初歩的かつ簡単なものばかりだったのだろう。
だが脳が疲れきってる俺は、そんな内容さえほとんど頭に入ってこなかった。
「…それに、あいつらとも顔合わせてねぇし…。」
零央は体調不良で欠席、麗沙と黄緑は登校時間ギリギリまで教室前で待ったが見てない。
「チャイム鳴ったか…。食堂行こう。」
もしかしたらそっちにいるかもしれないし。
現在時刻、12時6分。
今、俺は食堂で食事をしている。
うん、それは別にいい。実際そのために食堂に来たわけだし。
ただなぁ…。
「へぇ、あんたは定食にしたんだ。それも良さそうじゃない。」
来てないと思っていた麗沙が何故かついてきてるからだ。
その上、席に座ったら俺の真正面に座ってきた。
(…麗沙のやつ、疲れすぎておかしくなったか?)
まあとにかく、この場に居るのはありがたい。
「麗沙だったのはちょっと残念だが。」
「私がどうかしたわけ?」
おっと口に出てたか。
まぁ完全には聞こえてなかったようでよかった。
「ところで、黄緑は来てないのか?」
「黄緑なら他の友達と食べてるわよ。今日は弁当を作ってきたみたいだから、教室で食べてるんじゃない?」
別行動してるのか。
いつも一緒にいるイメージだったからちょっと意外だ。
「それで、あんたは家に帰される前に何か分かったの?」
そしていきなりの話題転換。
他人のペースを一切気にしないとは、マイペース野郎め。
「ああ。あの地獄を乗り越えた結果、この8つの数字を見つけた。ただ、何の数字か分からないんだ。」
俺は数字を書いたメモを見せながら言った。
「ちょっと見せなさい。」
麗沙は半ば奪い取るような動きでメモを手に取る。
(流石に麗沙じゃ多分何も分からないと思うんだよなぁ。)
やっぱり零央か黄緑に──
「……これ、座標じゃない?」
…はい?
「座標、て?」
「知らないの?地図があると分かりやすいんだけど、要は数字で特定の場所を示すのよ。前4桁が緯度、後ろ4桁が経度って感じに表されてるわ。」
…え、嘘だ。
「この場合は…多分アノービルの何処か。それもかなり近くだと思うわ。パッと見だから詳しくは分からないけど。」
……目の前にいるのは本当に麗沙か?
俺の中にある麗沙のイメージとまるで違う。
「…話変わるんだけど、お前小学校の時の成績ってどんな感じ?」
「急に何よ…。まあ、かなり良かったわよ。低くても70点台だったわ。」
…………理解した。
麗沙は「勉強できる」が、決して「頭がいい」訳では無いということを。
「…と、とにかく、これで犯人が転移した場所が分かるんだな?」
予想外の事実に話が脱線したが、話を戻すと麗沙はこの数字が表すものが座標だと知っていて、その解読も可能だというわけか。
「ええ。生徒か先生に地図を借りれば分かるわ。」
転移した場所が分かるのなら、その付近に犯人共の拠点もあるはず。
確実に敵を追い詰めてる。
居場所が分かったら、あとは準備を整えて、攻めるだけだ。
(あと数歩で、犯人に届く…!)
そう考えていると、突然麗沙が立ち上がった。
「そうと決まれば、さっさと行くわよ!とりあえず社会の先生にでも借りればいいかしら。」
そう言うと麗沙は机を叩いて立ち上がった。
そしてすぐさま食堂を出ようと脚に力を入れたが、そのタイミングで俺が制止した。
「ちょっと待ておい何するつもりだ。」
「何よ、やることはハッキリしてるんだからサクッと終わらせればいいじゃない。」
…うん、やっぱり麗沙は。
「とりあえず、昼飯を食べろ。まだ残ってるだろ。今食べなきゃもったいない。」
頭はいいが、すぐ周りが見えなくなる無鉄砲だった。
昼食を食べ終えた俺たちは、食堂を出た後いざ地図を探しに行かんと行動してすぐに黄緑と会った。
「あ、桐ヶ谷くん、麗沙ちゃん。こんにちは。」
俺は挨拶を返しつつ、そういえば今日初めて会ったなと考えていた。
「黄緑、今日朝遅れ─」
「黄緑!あんた確か座標の求め方知ってるわよね!?」
…やれやれ、本当こいつはせっかちだな。
突然の質問だったが、黄緑はそれに頷く。
「あの、事件について何か分かったんですか?」
「ああ。…昨日のUSBを調べた成果だ。」
ああくそ、やっぱり思い出したくねぇ…。
そう思いながらも、俺は黄緑に8桁の数列について話した。
「んで、麗沙に数列について話したら座標なんじゃないかってことになったんだ。」
「なるほど。それで地図を。そういえば、さっきご飯を食べてた友達が持ってたはずです。それを借りれば座標の──」
「地図や座標がどうかしたのかい?」
黄緑が話していた途中で後ろから声がした。
その声の主を俺は知ってる。
何しろ、今回の事件の調査を俺たちに頼んだ張本人だ。
「君たちは確か中等部の1年生だろう?もしかして予習かな。それは偉いな。」
時間が空いて校内を回っていたのであろう赤嶺校長は穏やかな笑顔で言った。
(うわー猫被ってるー…。)
俺の中では、校長は自分の都合を合わせるために尽力する人だ。
それがこんな笑顔で他人を褒め称える訳が無い。まだ1度しか話してないが何となく分かる。
「…はい。試しにこの座標がどこなのか知りたくて地図を探そうって話を。」
「そういう事か。どれどれ…。」
おそらく事件のことだと俺が言う前から察していたのだろう、俺たちに普通以上に近づいて座標を確認した。
「……これは魔術学校の座標だ。」
耳打ちされた言葉を俺は逃さなかった。それは2人も同じだろう。
流石校長、おかげで地図を探す手間が省けた。
つまり、犯人たちはこの学校にいるということか。
「…灯台下暗しってまさにこのことか。」
想像してなかった。いやだからこそか。
『稀代の魔法師』のいる学校に犯人がいるわけないと思い込む。
そりゃ見つからないわけだ。絶対安全であるはずの場所を調べるわけない。
潜伏先が分かったのは大収穫だが、1つ問題があった。
そう、学校のどこに隠れているかだ。
攫った赤ちゃんたちを匿うことが出来、尚且つ見つからない場所。
「この学校のどこに隠れる場所が…校舎内には感知魔法を使える設置型の魔道具があるはずなので、見つけられるはずなのに…。」
他には聞こえないレベルの声で黄緑が話す。
「…あれ。ちょっと待て黄緑。今なんて言った?」
その発言が少し引っかかった。
「え?えっと、校舎内にいたら魔法で見つけられるはずなのに、と言いましたけど…。」
「見つけられるはず…、校舎内…。」
それだ。
「校長、この学校って地下があったりしますか?」
周りの目を気にしてかその場を後にしようとしてた校長に聞く。
現在この学校に地下なんてものはない。
だがもし過去に地下があって、今使われていないのなら、感知魔法の魔道具も設置されてない可能性が高い。
「今度は歴史の勉強かい?熱心だね。うん、この学校には確かに地下がある。そして昔は研究室として使われていたんだ。昔は魔法は魔術って呼ばれててそれに該当する分野なんかも今とは違って…。」
興味深い話ではあるが、また今度聞くと言ってその話を切り上げさせた。
その後、周りに不自然と思われないように校長と別れ、話し合うため教室へ向かった。
敵は学校の地下にいる。
なら後は、攻めるだけだ。