32話 校長の本心
「それで、面会申請も出さずに来た君たちは私に何の用なんだ?」
赤嶺校長は俺たち4人が応接用のソファに腰掛けたのを確認するとそう問いかけてきた。
穏やかそうで、しかし敬語等は使わないその話し方は彼女の性格と地位を表しているようだ。
「校長はさっき廊下で俺たちが話してたことを聞いてたんですよね?それなら聞かなくてもいいのでは?」
「ああ、確かに聞いていた。だが顔見知りですらない他人から盗み聞いた話と実際に顔を合わせて聞いた話なら、後者の方が信頼できるし、信頼されやすい。」
なるほど、確かにそうだ。
ふと耳に入った誰かも分からない人の話なんて噂だと思われることが多いだろう。
一方、対面しての会話の場合は話し手と聞き手の双方が直接会って話すため、表情や声色などから真剣さを把握出来る。
「分かりました。では率直に言います。」
俺は校長の目を見て問いに答える。
「俺たちの目の前で赤ちゃんを連れ去った誘拐犯を捕まえたいので、協力してください。」
遠回しな言い方も含んだ言い方もせず、ただただ要求を口にした。
そしてそれを聞いた校長は…目を見開いていた。
その後困ったように手のひらを額に当てた。
「あー…一応確認だが、その赤子って君の子じゃないだろうな?」
いやどこを心配してんだよ。
その突拍子もない発言に零央たちの口が空きっぱなしになっていた。
「違います。道すがらで会った女性の赤ちゃんです。というか中学生が自分の子供持った話なんて聞いたことあります?」
「あーならいいんだ。もし事実だった場合めんど…君たちが色々大変な目に会うことになったからな。」
話を円滑に進めるために面倒くさいと言いかけたことは聞かなかったことにしよう。
「さて本題に戻ろう。要するに、誘拐犯を捕まえる許可とその助力。それが君たちの求めることだろ?」
校長は半ば強引ではあるが話を戻し、要求の内容を再確認してきた。
3人には話してなかったが、顔を見れば理解と納得をしたと分かる。
「はっきり言おう。そんなことを許す教師は普通いない。」
言葉通りはっきりと力強い声でそう言った。
「君たちのやろうとしてることはつまり火の中にいる赤子を助けるために自分たちもその中に入るってことだ。おまけに火傷の対策を何一つしていない状態でだ。」
対策というのはつまりは魔術のことだろう。
魔術の才能を開花どころか芽吹かせてさえいない俺たちが行ったらほぼ間違いなく返り討ちにされるということか。
「…自分たちが弱いことは分かってます。だから校長にお願いしてきてるんです!手を貸してほしいって!」
それを聞いていた零央が立ち上がってそう言った。
彼の助けたい気持ちはそんなにも強かったのか。
「『手を借りる』て考えがおかしいんだよ。他人に頼りすぎない点は褒めてやるが、それが犯人を捕まえることを承諾する理由にはならない。弱いって自覚してるならまずその認識を改めろ。仮に許可してもその矛盾を理解してないまま行動していたら確実に失敗する。後は学園警察に任せるんだな。」
鋭い目で零央を、そして俺を含めた残り3人を見た。
その目には厳しさが映っていたが、同時に心配の色も表れている。
俺たちのことを思って言ってくれた言葉だと伝わってくる。
「…校長の言う通りだ。一介の中学生である俺たちは警察に頼むって選択肢が当たり前だ。」
校長が言ったことは間違ってない。
中学生の俺たちが行っても失敗する確率の方が当然高い。
それなら成功する確率の高い人——魔術学校を始めアノービルのあらゆる犯罪を調査、解決する学園警察に頼るのがベストだろう。
「ちょっとあんた、まさか助けるのを諦めるって言ってんの!?」
隣に座っている麗沙が言葉を叩きつけてきた。
俺はそれを目を閉じて聞き流す。
相変わらずうるさいな。
俺はもう決めたんだよ。
その気持ちを曲げることなんてしない。
「でも、攫われた赤ちゃんの母親は助けてと俺たちに言ってきました。俺はその頼みを途中で投げ捨てたりしたくない。なので、校長のお言葉を受け止めた上で助けたいと思います。」
校長を真っ直ぐ見据えて自分の——自分たちの意志を告げた。
あの女性は必死に俺たちに助けを求めた。
そして俺たちはその思いに応え、犯人を捕まえようとした。
である以上、最後までやり遂げたい。
「それから1つ聞きたいんですが。」
校長が何かを言う前に俺は言葉を発した。
おそらく校長は俺たちを正論で諭し、一教師としての言葉で納得させるつもりだ。
話の主導権をこのまま握らせる訳にはいかない。
「校長はさっき、『そんなことを許可する教師は普通いない』て言ってましたよね。確かに普通は許さないでしょう。では普通の教師ではなく、校長ご自身は俺たちの要求をどうお考えなんですか?」
校長が言った一言、それを俺は聞き逃さなかった。
そもそも「そんなことは許可しない」とでも言えばいいところを校長は「許可する教師は普通いない」と言った。
さっきの説明が嘘だったとは思わないが、本心ではなかったと感じた。
故に俺はこの質問をした。
校長の隠しているであろう真意を知るために。
「……ふ、気づいたか。」
校長は微笑を浮かべてそう答えた。
その口ぶりから、あえてあんな言い方をしたのだと理解出来る。
「普通、というか常識的にお前たちの行動を止めるのが当たり前だ。だが察しの通り、私はそうは思ってない。」
いつの間にか二人称が「お前」に変わっている。
初めからキャラを作ってたって訳か。
「…案外あっさり認めるんですね。あの名高い赤嶺校長が教師らしからぬ考えを持ってるってことを。」
「それは私も自覚してるさ。ただこの国の校長が特殊でな。教師以外の立場も担ってるせいでこういう考えになるんだよ。」
十三議会の1人、つまりは政を行う者の立場か。
「ですが校長、政治と私たちの行動を許可することがどう繋がるんですか?」
俺が聞こうとしていた質問を黄緑が先に口にした。
確かにその通りだ。俺たちを助けることで政治の面で得をするわけでもないし。
「ある事情で警察を動かせないのさ。交番のお巡りさん程度なら動かせるが戦闘が怒った場合の戦力として正直物足りない。」
俺はそこまで聞いてようやく分かった。
つまりは。
「つまり校長は、私たちの方が腕が立つから協力を許可するってことね!」
「…まぁそういう認識で構わない。」
…彼女がどんな性格かを再認識することが出来る説明ではあったが、俺も麗沙と同じことを思った。
あくまで推測だが、校長はこの誘拐事件を知っていた。
だがある事情により警察を動かすことが出来ない上に、自分も立場上の問題で行動できない。
だから動かせる駒が——誘拐犯を追う俺たちが欲しかった。
交番の巡査より危機的状況に対応でき、魔法師団や魔法騎士団よりも目立ちにくい。
校長は俺たちをそんな奴らだと、普通の中学生ではないと判断したわけだ。
「校長、改めてお願いします。」
ここまで来れば、校長の真意は明らかだ。
「誘拐犯を捕まえるために、俺たちに協力してください。」
そして校長がどんな返答をするのかも、言うまでもないだろう。
この瞬間から、誘拐犯の捜索は本格的に始まった。