30話 顔見知りが来る理由
切明先輩達に挨拶をして本部を後にした俺は、自分の教室へと足を進めた。
今日はバイトがないので、このまま教室に戻って読書でもしようと考えている。
急遽入ってもらうこともあるかもと店長から言われてはいるが、そんなことはそうそう起きないだろう。
委員会棟から教室棟へ移動し、1階から2階へ上って1-2へ向かう。
廊下を歩いていると、ドアの前に零央と麗沙、黄緑が居るのが見えた。
居る、と言うよりは教室から出てきた零央に麗沙が迫っていて、彼女が暴走しないよう黄緑が見ている状況だ。
「昼休みだからって教室の前で騒がないでくれよ。」
今にも麗沙が零央の胸ぐらを掴みそうになったタイミングで、俺はそう言いながら3人の下へ歩いた。
その後、
「別に騒いでないわよ。」
と決まり文句の様に麗沙が言った。
そんな感じで反論してくるのは予想していたのだが、意外にも麗沙はそのセリフを冷静な口調で発した。
あのバーサーカーじみた性格の麗沙が、だ。
「あんた今失礼なこと考えなかった?」
エスパーかよお前は!
なんか前も似たようなやり取りがあった気がする…。
「それで、何でうちの教室の前で零央と揉めてたんだ?2人とはクラス違うし、零央がなんかやらかしたりしたのか?」
さっきの問いは聞かなかったことにして、俺は最も気になっていたことを質問した。
俺にとって麗沙たちはまだ「顔見知り」の間柄だ。そして向こうもおそらく同じだろう。
だから俺と零央に会う理由が、正直言って思いつかないのだ。
冷静な口調から察するに勝負の申し出ではない。
だとしたら一体…。
「そんなんじゃないわよ。一応聞いておこうと思っただけ。」
そう言って麗沙は俺を真っ直ぐ見つめて言った。
「あんた、昨日の事件のこと、諦めてないんでしょ?」
——ああ、そうか。
こいつも、俺や零央と同じだったのか。
関わった以上、見て見ぬふりはできない性格。
そしてそれは、麗沙と一緒に俺を見ている黄緑にも言える。
要するに、ここにいる4人全員がお人好しって訳だ。
「…ああ、諦めちゃいねぇよ。当然だ。」
そう答える俺の顔は、何故か小さな笑みを浮かべていた。
「あの、僕も諦めてないんだけど…。」
「えー、あんたはいらないわよ。」
会話に入ろうとした零央が、即座に言葉によって蹴られた。
「ちょっと麗沙ちゃん、それは言い過ぎだよ。」
「だってこいつ私と話す時いつもオドオドしちゃってさ。正直頼りない。」
「酷いな…僕だって出来ることはあるんだよ!?高度なセキ——」
「はいはい負け惜しみは他所でやって。みっともないわよ?」
「人の話は最後まで聞いてよ!それに負け惜しみじゃないし!」
なんか、知らないうちに仲良くなってないこれ?
喧嘩するほど仲がいいって、このことかもな。
「それで桐ヶ谷君、これから何をするのか決めてるんですか?」
話を戻すためだろう、黄緑が俺に問いかけてきた。
「あぁ、そうだな…。」
考えていない訳じゃないが、まだ具体的なプランは何一つ決めていない。
俺は即興でいくつか考えてみたが、どれもこれも、共通の不安要素があるせいで実行できると思えない。
…なら、やることは決まった。
「よし、まずは不安要素を取り除こう。」
そう言って俺は後ろを向き歩き出す。
3人が着いてきているのは足音で分かったので気にしない。
向かうは教員棟1階にある部屋——校長室だ。