大きな問題、個人的な問題
夕方に起きた事件の翌日、俺はもやもやとした気持ちが消化されないまま登校した。
傍から見れば何事もないように見えるらしく2組の部屋に入っても誰かから何か聞かれるようなことはなかった。
まぁ、事件の当事者を覗いてだけど。
「誠。昨日の件のことだけどさ…。」
鞄を置いて一息ついたところで零央が話しかけてきた。
「ん?どうした、何か気になることでもあったか?」
昨日起こった事実だけを言ったら、子供が攫われ、攫った男を逃がした、この2つだけだ。学校生活とか細かく言えばまだあるが、特筆して言うべきはこんなところだろう。
「まぁ、うん。…誠は今回の件、このまま見なかったことにできる…?」
ああ、そういう事か。
零央が聞きたかったのは「これまで」のことじゃなく「これから」のことか。
零央はあの子を助けたい。けど自信や力が無いから友達にも手伝って欲しい、て思ってるのかな。
友達なんだから、「助けたいから手伝って」て無理矢理巻き込んだっていいのに…。
でもその答えなら、もうとっくに決まってる。
「助けるよ。必ず。多分麗沙と黄緑も同じだと思うから強引に連れてくるよ。あいつらも関係者なわけだし。」
零央はそれを聞くと、ほっと息をついた。今のところ零央の友達は俺一人みたいだし、同じ意見を聞いて気が楽になったんだろう。
(とは言ったものの、実際問題どうしようか…。)
あの男がどこに行ったかも分からないから、追うのも時間がかかる。それに何故あの赤ちゃんを攫ったのかも判明していない。
剣を交えてないからあいつ自身の戦闘能力は知らないけど、魔術は多分それなりに強い。
模擬戦したいけど、申請無しだと風紀委員が止めに来るし…。
(あ、風紀委員。)
そういえば勧誘されているんだった。
今日の自由時間に訪ねてみるか。
「よーし、全員起立ー。礼。」
そんなことを考えていると、いつの間にか静寂先生が教卓に立っていた。
俺は少し慌てて立ち上がり朝の挨拶をした。
全員が座った後、いつものようにホームルームを始めた。
「ああそれと、前から言ってた通り今日は前期委員会認証式があるから、自由時間後は第一体育館に行けよ。まぁ先輩達が前出て紙もらうの見るだけだが、立ちながら寝たりとかするなよー?」
ホームルームも終わりに差し掛かった時に、静寂先生がいつもと変わらぬトーンで言った。
記憶にないんだが…寝てた時にでも言ってたのかな。
ん?
待て、それってつまり…。
俺は確か風紀委員会の委員長に勧誘された。
そしてそれから1度も会っていない。
なのに今日が委員会の認証式?
「…怒られたりしないかな、俺。」
「それなら問題ないよ。どのみち君の入会申請書を提出しても今日には間に合わないからさ。」
昼休みにおそるおそる風紀委員会室、通称本部へ行ってみると、委員長の切明先輩がさらっと大丈夫だと言った。
それを聞いて安堵した俺の肩に手が乗った。
「それにしても、直幸自ら1年を連れてくるとはな。そんなに気に入ったのか?」
「真面目な委員長さんのことだから、何も言わずに仕事を手伝ってくれたからとか、そういう理由でしょ?実際そうみたいだし。」
振り向くと大柄な男子と長い髪の女子が立っていた。
今本部に入ってきたこの2人は、身長が俺より高いことから上級生だと分かる。
「切明先輩、このお2人は…。」
「ああ、風紀委員だよ。幼馴染で初等部の頃から知り合いなんだ。」
「あら、もうそんなにたったのね。いつも一緒に居たから気にしてなかったわ。」
「逆にいない時の方が少ない気がするよな。て悪ぃな、こっちだけで盛り上がっちまった。俺は卯西孝二。で、こっちの女子が瀧波遥香だ。直幸のことは知ってるよな?」
俺は苦笑いしながらはいと答え、また黙った。
なんというか、もう既に委員会の一員に入っているかのような扱いをされているせいで「俺、風紀委員に入ります」の一言が言えない。
しかも3人は今も雑談をしている。
彼らの仲良し雰囲気に入り込める気がしない。
これからどうしたものかと悩んでいると、
「…さて、とりあえずお喋りはここまで。それで桐ヶ谷くん、何か要件があったんだよね?」
切明先輩が気づいてくれたらしい。
俺はさっきとは違いしっかりとした声ではいと返事をし、1度深呼吸してから心に思っていたことを口にした。
「先日の風紀委員会への勧誘の件なんですが…、俺が役に立てるのならお受けしようかな、て思ってます。というわけで、風紀委員に入れさせてください。」
「そっか。ありがとう。これからよろしくね桐ヶ谷くん。といっても1年生の本格的な活動は来月からになるけど。」
苦笑を浮かべながらも、穏やかな声で俺を迎え入れてくれた。
だが2人——卯西さんと瀧波さんは口をぽかんと開けたまま固まっていた。
驚いているようだけど、どうしたんだろうか。
「…直幸、彼はまだ委員会に入ってなかったの?」
瀧波さんの発言に俺は動揺したが、さっきの扱いを思い出して同時に納得していた。
この時、いつか零央と、ついでに麗沙と黄緑とも彼らのような関係になれたらいいなという願望が心の中で生まれたのだった。




