28話 転移の先に
誠はあと数m、あと数秒でローブの男を捕まえられる。
男が子供をローブのどこかに隠していることを踏まえて拘束しないと、と考えていた誠の目の前で男が行動に出た。
男は屋根から大通りのある左側に飛び降りたのだ。
何故と誠は思ったが、大通りの先に転移ポータルがあるのを見て納得した。
転移ポータルは、高度な術式と魔導石によって街中にある他の転移ポータルへ転移できる。
簡単に言えば、転移ポータルに乗ったものの情報を記録し、さらにそれを魔力へ変換して転送する。転送した後に記録した情報を基に魔力を元の状態へ戻すという仕組みだ。
この際、魔導石が非常に役に立つ。魔導石は魔導石同士で魔力的に繋がる性質がある。それによって座標情報を計算する時間が省け、より高速な転移が可能になっただけでなく、転移の安全性も向上した。
だが、転移ポータルは移動するためのものであり、逃げることにはあまり役に立たない。
当然複数人同時に転送することもできるが、何かの事情で間に合わず1人置いてきぼりなんてこともあるだろう。そんな時でも同じ場所へ転移する方法がある。
転移する際に転送するものの情報を記録する特性を利用して、こちらが思念で指定した条件に合う数時間前までの間に転移した「もの」を検索し、その転移先へ座標を設定するというものだ。
つまり、転移ポータルに逃げたとしても「ローブを着て子供と一緒に転移した人」という条件を思い浮かべながら転移すれば、男の後を追えるということだ。
男が道の上に着地し、そのまま走り始めた。
誠も屋根から飛び降り受け身の姿勢で地面へ落ちると、痛みを気にせずに走った。
ポータルまでは5m程で着いてしまうが、このままなら誠は捕まえられるだろう。
男がもう目と鼻の先、というところで転移ポータルにたどり着いた。
その瞬間、光が男を包み、男諸共消えた。
大通りを歩いている数人は急いで転移する人達だと思い、驚きすらしない。どちらかと言えば屋根から人が飛び降りてきたことに驚いただろう。
誠も男に続き、足を前に出す。
男の特徴を頭でしっかりと捉えながら、誠は転送される感覚が広がっていくのを感じた。
いや、逆だ。感覚が消えていくのを感じているのだ。
誠の身体はその指も足も髪も臓器も、細胞の1つまで魔力へ変わっていくのだ、感覚が消えるのは当たり前のこと。
自分の首辺りまで感覚が無くなった、と思った頃には、手足の先の感覚が戻ってきた。
転移の速度があまりにも速いため、すぐに魔力が元の身体に還元されるのだ。
身体が完全に元に戻った時には、白の視界が段々開けてきた。
「…何で、いないんだ?」
俺の視界に、あのローブ男はいなかった。
俺はあいつが向かった転移先を指定したはずだ、奴がいない訳がない。
術式の故障?いや、それなら街中がもっと騒がしくなっているだろう。
「眼」で周囲を確認するが、範囲内ではその姿を確認出来なかった。
「…逃がしたか…くそっ!」
俺は抑えきれず、太もも辺りに拳を叩きつけた。
その後も拳を握り続け、ゆっくりとポータルへ歩き始めた。
このまま見逃す、そんな選択肢は頭に浮かびもしなかった。