26話 修繕2
そろそろ固まっただろうか。
鋳型に液状になった素材を流して約30分後、俺は座っていた椅子から立ち上がり、テーブルの上に置いてある鋳型へ向かった。
本来ならもっと時間がかかるが、氷の刻印魔術によって冷える速度が早いため、すぐに出来上がる。
「よいしょっと。…よし、問題なく固まってる。」
鋳型から固まった剣を取り出し、目で確認した。
「それじゃあとうとう完成したってわけ?」
「いや、そういう訳じゃないよ。」
俺は視ながら麗沙の声を聞いていた。今視ているこの剣が未完成なことを証明している。
「ちょっとした凹凸がいくつもある。これじゃあ切れ味が悪すぎるよ。」
「じゃあどうやってそれを失くすんですか?」
祐斗君が聞いてきた。やはり剣の形になると興味が出るみたいだ。
「それは至ってシンプル、磨くだけだよ。て言っても、俺はヤスリでしか出来ないんだけどね。」
鍛冶屋の兄さんのとこの工房にあるような回転式の研磨機があれば結構楽なんだけど、こればかりは用意するのが難しい。というわけで地道にヤスリで磨くことにしたのだ。
「それじゃあまた時間かかるから少し待ってて。」
「えぇまた待つの!?こんな道具だらけのところじゃ身体も動かせないし…もう…。」
どうやら麗沙はご立腹のようだ。まあ仕方ないかな。ここは最低限の足場があるくらいしか床に空間無いから、動こうにも動けない。でもこのままガミガミ言われるのも集中出来ないし…。
「あ、そうだ。」
動けないのなら、動ける場所に行けばいい。単純なことじゃないか。
「麗沙、えっとー入ってきたドアの右側にある扉あるでしょ?そこも階段があって上れば庭に出るから、思いっきり動けると思うよ。」
「え、本当?あそこね!」
そう言って麗沙は扉に向かった。
俺が言ったのとは真逆の扉に。
「ん?いや、こっちから見て入り口の右側って意味なんだけど…。」
俺がヤスリで磨き始めた時にそう言葉を放った時には、麗沙はもうドアを開けていた。
「…ねぇ、どこに階段なんてあるの?剣が大量に置かれてるだけじゃない。」
麗沙が開けたのは、倉庫の扉だ。
俺が今まで作った剣を置いている。何しろ売ったところでこんな名のない鍛冶師もどきの剣なんて誰が買うのか。
この空間に置いとくと、ただでさえ道具や装置でスペースがいっぱいの工房が余計狭くなる。なのでちょうど空いていた部屋を倉庫にしたのだ。
「だから、こっちから見て入り口の右側だって。まぁ言ってなかった俺も悪いが。」
「なんだそっちね。庭があるなら別にいいわよ。」
そして反対側のドアに麗沙は走っていく。
自分の興味あることしか目に入らないのねあいつは…。
頼むから何か壊したりしないでね。
「…誠、ここの剣って誠が全部作ったの?」
「え?あぁ。でも零央が思ってるほど凄くないぞ。最近ようやく使える剣が作れるようになったばかりなんだから。最初の頃のなんて脆すぎてすぐ崩れたしさ。」
あの時はマジで落ち込んだな。自分には出来ないって勝手に思い込んでやめようかとか考えてたし。
「いや凄いよ。それをずっと続けてこれてるんだもん。僕なんて続けてるようなものは何も無いし。」
俺はヤスリを動かす手を止めずに零央に話した。
「んー、まぁ人それぞれなんじゃね?俺は頑張って鍛冶を続けたけど、他の誰もが続けられるわけじゃない。零央にも続けることが出来るものがあると思うぞ。」
「…そうかな。じゃあ探してみよう。何がいいかな…。」
零央は剣を見ながら一人言のように言った。
俺には、それが「手伝って欲しい」と言っているように見えた。
その後も、俺は剣を磨き続けた。
細かい凹凸も視ることが出来るので、とても正確に磨くことが出来た。
「さて、残すは…。」
俺は、この鍛冶場と言える場所には少し不釣り合いな勉強机へ向かった。不釣り合いと言っても、机の上には金槌といった道具は置かれている。
俺は机上に置かれている青い石を手に取った。
その石は既に磨かれていて宝石に近く、透明な青い光を今にも放ちそうなほどだ。
そして磨き終えた剣の鍔の中央のくぼみに小さな金属片を置き、バーナーで溶かした。すぐに青い石をその溶けた金属片にくっつけ、押し込み続けた。
「…よし、これで溶接終了。」
一応は完成なのだが、最後に視て最終確認した。
(柄…、鍔…、刀身…。問題は無さそうだ。出来た!)
ようやく出来上がった。
誰かに作った初めての剣。
「祐斗君、できたよ。1度振ってみてくれ。問題点があったら直すから。」
「はい。あの、鞘は無いんですか?」
ギクッ。
く、痛いところを突かれた…。
「えっと…、実は俺、鞘は専門外で…、作ってないです…。」
「鍛冶師なのに鞘作らないって…あり?」
「しょうがねぇだろ!鞘の鋳型は無いし、作ろうとしたらそれこそ時間かかるんだよ!それに作り方わかんねぇし…。」
く、まさか麗沙に言われるとは…。
剣の作り方は何となく理解出来たけど、鞘はまるで分からん。
今度調べておかないと…。
「いえ、多分大丈夫だと思います。父さんの剣も鞘も特注で布製なんです。だから…。」
祐斗君はそう言って自分の鞘を取り出した。確かに布でできているが、硬めの布らしく下に曲がったりはしていない。彼はそのまま刀の鞘で言う鯉口の部分に巻かれているベルトを少し緩め、作った剣を入れてみせた。
「やっぱり、ぴったり合います。」
…なんと。
そんな使い方があるとは。流石は特注品。
「…さ、さあさあ、庭行って剣を振ってみよう!」
なんか俺が負けたような雰囲気になってきたので、祐斗君を庭へ行くよう促した。
上った先の庭はかなり広く、10人入っても大分余裕がある。
祐斗君は庭の中央辺りに向かうと少し大きめの剣を抜き、片手で持って構えた。
そして、右へ剣を振った。
続けて左、上、回って右。その動きは実戦と言うよりは流派の型のように見えた。
何度か振ったところで、祐斗君が質問してきた。
「これ、何か細工でもあるんですか?凄く振りやすいというか、馴染むというか…。」
お、気づいたか。剣の大きさを聞いてくるかと思ったけど、それが分かるってことは才能あるな。
「ああ。鍔のところの石があるだろ?それは水の属性…石なんだ。」
属性石とは、魔力を内包した石だ。
それもただの魔力じゃなくて色によって属性が決まっている。
今回は水属性の属性石を使ってみたのだ。
「川とかで分かるだろうけど、水は流れるでしょ?だから、流れるような動きで剣を振るえるってわけ。自分の思うように動かせるから技術面をカバーできる。」
「属性石ってそんな使い方があるんですね。基本は大魔法を行う時しか使わないと思ってましたけど。」
「大魔法って、どこまで予習してんの黄緑は…。まぁこれは最近見つけた文献にあったんだよね。実際に使ったのも今回が初めて。」
そう言った後、祐斗君に視線を戻し、
「どうかな?俺のお礼は。」
と問いかけた。
正直、この剣は今までで最も上手くできたものだ。
満足して貰えなかったら1から作り直すが…。
「…はい、十分以上です!凄く使いやすいですし、父の剣を無駄にしないでくれて…嬉しいです!」
「そっか。なら良かった。」
満面の笑みを浮かべる祐斗君に、俺も笑顔で返した。
そしてその笑顔に、「他に何か剣のことで気になったらいつでも来ていいよ」と付け加えた。
祐斗君は再び感謝の顔を見せた。
「ねぇ、剣だけじゃなくて私のグローブも作ってくれない?」
祐斗君が何度もお礼を言って帰った後、麗沙が突然そう言ってきた。
「うーん…まぁ作ってもいいんだけど…。やっぱ自分の剣ができてからかな。」
「何でよ作るって言うなら今すぐ作りなさいよ!」
「まあまあ落ち着いて麗沙ちゃん。そう言ったって誠君が武器を持ってくるわけじゃないよ?」
俺に迫ってきた麗沙をなだめる黄緑。
それで麗沙が収まるのが凄いんだよな。
「そういえば、前も『自分の剣』て言ってたよね。どんなものなの?」
今度は零央が聞いてきた。
「ああー、まぁ具体的には決まってないんだけど、今の魔装具とは別の——」
俺の理想とする剣の説明は、1人の甲高い悲鳴によって遮られた。




