18話 術式演算型
どこに連れていかれるんだ、俺は…。
俺は鞘野先生の後に続いて歩いていた。
何故か詠唱無しで魔術を使えたことを知った時、先生は少し驚きの顔を浮かべていたが…せめてどこに行くかくらいは教えてくれてもいいのでは?
文句じみたことを考えつつも、口に出しはせずについて行く。
(この廊下の先は、確か…)
行ったことはないけれど、この先にあるのは図書館のはずだ。
まさか何かの本を読ませるとかか?
本を読むのは全然問題ない、むしろ好きなのだが、いくらなんでも突然過ぎないか?
「失礼します。間宮先生、いますかー?…まぁいるはずだけど。」
図書館のドアをノックして、間宮という先生を呼んだ。
いるはず?なんでそれが分かるんだ?
「はーいいますよー。今は授業中のはずですけど何か用ですかー?」
と、少し気の抜けているような声が聞こえた。
「授業中でも話せるのは間宮先生くらいですから。それに、先生は魔法について色々と詳しいでしょう?」
「そうやって持ち上げられると聞かざるをえないねー。」
ドアから覗くと、司書が座っているようなカウンターに、呼んでいる本で顔が隠れている人が座っていた。
「んー?鞘野先生、その生徒は新入生かい?」
本から片目だけ出して俺を見た後、鞘野先生に問いかけた。
「はい。実は、彼について聞きたいことがあるんです。」
「そう言われてもねー、僕は彼のことを何も知らないけどー?」
「まぁそう言わずに1度見てください。桐ヶ谷君、さっきのもう一度やってみて。」
さっきの、と言うと詠唱無しで使った氷の魔術のことか。
俺は頷き、魔術を使おうとした。
確かあの時は、氷を生成するようにイメージしたんだよな。
思い出しながら、手に氷の塊を作り出すようにイメージした。
当然、詠唱も無しに氷を作ることができた。
「間宮先生見ました?多分彼は…」
「術式詠唱型じゃないねー、これは。」
顔の前で広げていた本を閉じて、こちらに歩いてきた。
「君の推測通り、眼帯君は術式演算型だろうねー。」
えっと…この眼鏡をかけた少し抜けているような先生は何を言っているんだ?
突然詠唱型だの演算型だの言われても分からないっての…。
「ん?あぁ、分からないって顔してるねー。それもそうか。それじゃあ簡単に説明しよう。」
そして間宮先生は、術式詠唱型と演算型の違いを説明し始めた。
「術式詠唱型というのは、文字通り術式を唱える魔法の使い方だ。基本的にこれが使われている。
詠唱型は古代エルフ語で詠唱をすることによって、大気中、あるいは自身の魔力を操り、魔術回路に通して魔法を使う。手に炎を出すなら、マナは腕に続く魔術回路を通って魔法の為のエネルギーとして使われる。マナには属性があって、属性によって使える魔法も変わる。…まぁこれくらいでいいか。詳しいことは授業で聞いてくれ。」
…これで簡単になのか?だいぶ長かったと思うがな。
あとは、演算型っていう方についてか。
「分かりました。それで先生、もう1つの方についてもお願いできますか?」
「あぁ、もちろん。これは多分授業ではやらないだろうから、少し長くなるよー。」
それを聞いた時点で、術式演算型——つまり俺のようなものは希少だと分かった。
「術式演算型は、詠唱を唱えずに魔法を使うことが出来る。これは術式を脳で処理しているからだ。
詠唱というのは、術式を古代エルフ語に変換したものであって、術式は別にある。
眼帯君、君はさっきどういう工程を踏んで氷を作ったんだい?」
唐突な質問。
「えっと…魔力が魔術回路を流れて、手の上で氷として具現化するようにイメージしたら出来ましたけど…。」
「それだ。そこに術式を演算するという工程が含まれているんだよ。」
どういうことだ?
俺は術式なんて教わったこともないし、そんなことをした覚えはない…。
「術式はまだ解明されてないことが多くてその実態は分からないけど、謎の言語で数式に出来ることが分かっている。
術式演算型の人の脳は特殊でねー。イメージを演算してその数式に変えられるんだ。そしてその数式はなんと詠唱型と同じように魔力を操ることが出来るのさ。」
なるほど、そういう事か。
俺の意識が理解してなくても、俺の脳は自然と術式とやらを理解しているということか。
イメージを読み取り、術式に変換して魔術を行使する。
それが俺の魔術の使い方ってことか。
「術式演算は詠唱を唱えるよりも何倍も早く魔法を放つことが出来る。ただ、イメージを一瞬で数式に変えられる程のキャパシティを持つ脳はとても珍しい。だから演算型は世界に百数人くらいしかいないんだよ。
それにデメリットも当然ある。
数式に変えられるといっても、脳をフル回転に近いくらいに稼働させているから出来るのさ。つまり、考える事が多ければそれだけ演算が遅くなるということだ。」
要は戦いに集中しないと演算が遅くなっちまうということね。そう考えた方が楽だ。
今の話を纏めると、俺は頭で術式を演算して魔術を使う「術式演算型」で珍しいということか。
「…理解出来ました。教えてくれてありがとうございました。」
「ま、先生が生徒に教えるのは当たり前だしねー。あーそうそう、名前まだ言ってなかったね。僕は間宮悟だ。役割はこの図書館の司書係、といったところだ。よろしく。」
間宮悟先生は、片手を出して自己紹介してくれた。
「あ、はい。俺は桐ヶ谷誠です。よろしくお願いします!」
俺はその手を両手でギュっと握った。
「あ、ごめん桐ヶ谷君、そろそろ時間が…。」
鞘野先生が時計の方に首を向けて俺に話しかけてきた。
「あ、もう戻った方がいいですね。」
「うん。そうしてくれると助かるよ。みんな自習を頑張ってくれてるだろうから。」
「わざわざ連れてきてくれてありがとうございました。間宮先生、図書館を使う時はよろしくお願いします。」
そう一礼すると、間宮先生は手を上げて返事をしてくれた。