17話 この手に氷を
「じゃあ、これから実際に魔法を使ってみましょう。」
授業が始まってから約25分後、鞘野先生はそう口にした。
その25分は何をしていたかと言うと、属性についての簡単な確認と、詠唱の説明だ。
詠唱は魔術を使う上で大切なものらしく、唱えないと魔術を使えないとか。
高位の魔術師になると、詠唱破棄なんてのが出来たりもするらしい。
…ちょっとかっこいいな。
本来必要な詠唱を唱えずに放つって、なんか憧れる。
「まずは、私が手本を見せるので、よく見ておいてください。」
そう言うと、先生は手を出し、氷属性の詠唱を始めた。
「マ・カルゴ・フロー・イェル(我が身に神の加護あり)…。
ケイル・ハウス・フィンセール(この手に氷を)…。」
すると、先生の手の上に手のひらサイズの氷塊が出来た。
「これが魔術か…。」
分かってはいたけれど、やはり実際に見ると感嘆する他ない。
しかしこれは基礎中の基礎だ。
まだまだ先があると思うと、俺の心はわくわくしてきた。
「詠唱はゆっくりでもいいから噛まずに言うこと。さっき言った通り、起詠唱を唱えたら魔術回路が通るから、その感覚を覚えておいて。最初は氷を出すのが難しいこともあるから、その時は魔力だけを具現化する詠唱に切り替えてやってみてね。」
魔術回路というのは、身体に魔力を流す為の神経の一種と言われている。
あまり定かではないけれど、確か先代の魔術師たちは、魔術を使うためにエルフの同意を受けて、彼らの魔術回路を自分たちに移植したらしい。
この詠唱も古代エルフ語のものであり、人間に味方をしてくれたエルフたちの恩恵がどんなものかが伺える。
「よしみんな、手を出して。私と同じように魔術を使ってみよう。」
先生がさっきしていたように、手を上に向けて出す。
ようやく魔術を使える…。
「まずはみんなで詠唱を合わせてみよっか。最初は『マ・カルゴ・フロー・イェル』だからね。」
一応小さく声を出して確認しておく。
噛むと魔術失敗するみたいだし。
「行くよー。せーのっ!」
「「「マ・カルゴ・フロー・イェル(我が身に神の加護あり)!」」」
唱えた途端、電気が身体を走るように感じた。
これが魔術回路が起動する感覚。
今、自分の身体には魔力が流れるようになった。
「そのまま続けて、『ケイル・ハウス・フィンセール』。」
そうだ、魔力が流れたって魔術が使えなきゃ意味が無い。
他の奴と合わせている時間が惜しく思えてきたので、一足先に詠唱を始めた。
「ケイル・ハウス・フィンセール(この手に氷を)…!」
そして手の上に氷の塊が出来て——
ない。
手には何もない。
先生のように少し浮いているわけでもなく、かと言って手に乗っているわけでもなく、何もなかった。
「……ケイル・ハウス・フィンセール!」
もう一度唱えてみる。
もしかしたら噛んでいたのかもしれない。
結果は……同じだ。
どういう…ことだ?
自分の中に流れる魔力になんの変化もない。
俺は魔術が、使えない…?いや、そんなことは無い。
だって起詠唱は成功して、魔力が流れる感覚もあった。
なら何故…。
机の横を通った鞘野先生にそのことを伝えると、
「…ごめんなさい。さっきも言ったけれど、私は担任を持つのが初めてで、分からないことも多くて…。力になれなくてごめんね。」
そう返された。
教師の先輩に聞いてみると付け足して、再び教室内を歩き始めた。
「…はぁ…。何がどうなってんだ?」
溜め息をつき、俺はそう言い放った。
魔力は通るのに魔術が使えない、そんな事有り得るのか?
答えは分からない、だ。
俺じゃあどうにもできない。
何が原因なのかも、どうすればいいのかも、俺にはさっぱりだ。
やっぱり使えないのか、俺には…。
「……『この手に氷を』ねぇ。」
俺は目を閉じて、魔術を行使する自分をイメージしてみた。
変わらないことは分かっていたけど、それじゃあ気分的に収まらない。
インスピレーションは大事だとも思うので、やってみたのだ。
右手を出す。
そして自身の身体を駆け巡っている魔力を手に集中させるようイメージする。
その魔力はやがて集約し、個体化し、温度が下がる。
触れれば冷たく感じる氷へと変化する——
突然、手に冷気がかかった気がした。
目を開けて、右手を確かめる。
すると、そこにはあった。
さっき詠唱して現れるはずだった氷塊が。
俺はすぐに先生を呼び、何が起こったのか説明し、答えを待った。
「…もしかして、桐ヶ谷君は詠唱型じゃなくて…。」
そう呟いた後、先生は生徒たちへ次の指示を出してから、俺を連れて教室を出た。