12話 趣味
日が沈み初め、空が紫がかる頃には、俺は家から100メートルくらいの石畳の道を歩いていた。
高層ビル群が無い訳では無い。むしろ多いのだが、この魔術学校から半径5キロの街並みはよくある中世風のものになっている。
現代の街へ行きたい場合、電車で行くことも出来るが、大抵転移魔術用ポータルから移動する人が多い。自分自身で魔力を使う必要が無いからね。
と誰かに説明しているように考えていると、もう家に着いた。
家と言っても、喫茶店に住み込みで働いてるんだけど。
俺はその「ファウンテンピース」と書かれた店に正面のドアから入った。
「ただいま戻りました〜。」
「あぁ、おかえりなさい。」
そう言ったのは、この店のマスターである西條勇生だ。
年齢は初老に差し掛かった62歳なのに、その声はまだ重みを帯びている。
まだ所々に黒髪が残っている、眼鏡をかけたその店主に挨拶をした後、俺はスタッフルームへ向かった。
「おお、お疲れ兄ちゃん。学校どうだった?」
そう言ったのは、ここによく来る常連の人だ。
俺も結構見かけるほど店に来てくれている。
「いやぁそれほど疲れてないですよ。教科の説明くらいしかなかったですから。」
俺はその問いかけに快く返答した。
そりゃあ客に声かけられて嫌な気持ちになるなら接客業なんて出来るわけないからな。
それに、俺はこの接客業が好きだ。
そもそも人と関われることが好き、なんだと思う。
ここで働くことにした理由のひとつがそれだ。
もうひとつは…、なんか面白そうじゃん、喫茶店て。
コーヒー飲めるカフェって、よく小説とかにも出てくるから気に入ってるんだよね。
「住み込みで働ける」ていう張り紙もあったものだから、ここでバイトすることにしたんだ。
て呑気に考え事してる場合じゃない。さっさと仕事始めないと。
俺は制服の上からバイト服を着て、スタッフルームを出た。
そして俺は約3時間働いた。
本来ならあと30分くらいはバイトするんだが、今日は風紀委員長からの勧誘があって帰りが遅くなったから、いつもより早く終わらせてもらった。
時刻は午後8時。この時間になると客も減ってくるので、俺の仕事は大体8時までだ。
と言っても終わる前に簡単に店を掃除するんだけど。
「あぁ、今日はもう上がっていいよ桐ヶ谷くん。」
「え、まだ掃除が残ってますけど…。」
「今日は学校初日、それに少し遅かっただろう?疲れてると思うから、上がってよし。」
「疲れてはいないんですけど…。でも分かりました。店長のお言葉に甘えます。」
そう言って俺はバイト服を畳み、スタッフルームのクローゼットに入れた。
俺はそのまま奥の扉を開け廊下に出て、突き当たりの階段を降りた。
そこには店長も使わない、俺専用の部屋がある。
と言っても、寝室は別の場所にある。
他とは違う鉄製の扉を開くと、少し蒸し暑い風が吹いてきた。
入って右奥にある金属の台に置いてあるのは、鉄の延べ棒らしきものと金槌。
そのすぐ左に、一際目立つ竈のようなものが壁にくっついていた。
そこは他の場所より明るく、紅かった。
「さて…、それじゃあ始めますか。」
そして俺は、自分の趣味──鍛治の作業に入った。