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秋の宝石

作者: 猫じゃらし
掲載日:2020/10/09

 

 くんちゃんは見ていました。

 テーブルの上にある、このたくさんの粒はなんだろう? と。

 黒っぽくて、艶があります。

 鼻をふんふんとさせて、匂いを嗅ぎます。

 甘酸っぱい香り。でも、知らない香り。

 テーブルに乗っちゃいけないと言われているけれど、気になったら止まりません。

 くんちゃんは口を大きくあけて、粒をかじろうとしました。


「こら、いけないよ」


 優しく怒られました。

 くんちゃんを抱き上げたのは、くんちゃんの大好きなご主人さま。

 お外では『くんちゃんパパ』と呼ばれています。


「犬はね、これを食べちゃいけないんだ」


 くんちゃんパパは、くんちゃんを優しくなでながら言います。

 黒っぽくて艶のある、甘酸っぱい香りのたくさんの粒。

 ダメと言われたら、余計に気になってしまいます。

 くんちゃんは抱っこから下ろしてもらおうと、暴れました。


「こらこら。暴れないの」


 くんちゃんパパは、くんちゃんをそっと下ろしました。

 離してもらったくんちゃんはすぐにテーブルに飛び乗ります。

 でも、そこにはもう何もありませんでした。


「だーめ。食べたらお腹を壊しちゃうからね。くんちゃん、テーブルから降りなさい」


 くんちゃんパパは、黒っぽくて艶のある、甘酸っぱい香りのたくさんの粒を隠してしまいました。

 くんちゃんは悲しくなりました。

 あれはなんだったのか、知りたかったのです。


 くうん。くうん。


 くんちゃんは泣きました。


「困ったな。そんなに気に入っちゃったなんて」


 くんちゃんパパは困り顔。

 でも、ダメなものはダメなのです。

 くんちゃんがお腹を壊してしまっては、いけません。


「気分を変えて、おさんぽに行こうか。さっきのとは違う秋が、お外にはたくさんあるよ」


 くんちゃんパパが言うと、くんちゃんの耳がぴくんと動きました。しっぽは上にむかってぴーん、目はきらきら。

 悲しい気持ちはどこへやら、くんちゃんはしっぽをぷりぷり振って、楽しい気持ちになりました。


「首輪にリードを付けて。おさんぽバッグを持って。さぁくんちゃん、行こうか」


 くんちゃんパパが玄関の扉を開けると、冷たい風が吹き込みました。

 木の葉は赤や黄色、オレンジに変わり、緑色はどこにいってしまったのでしょう。

 不思議に思っても、くんちゃんはすぐに忘れてしまいました。

 赤や黄色、オレンジの葉っぱは下にたくさん落ちて、くんちゃんが踏むとクシャクシャと楽しい音を立てたからです。


「くんちゃん、くんちゃんパパ、こんにちは」


「こんにちは」


 おさんぽでよく会うおばちゃんと、あいさつをしました。

 おばちゃんは袋にいっぱいのオレンジ色の物をくれました。「柿」というそうです。

 くんちゃんは頭と背中をなでてもらうと、地面にごろんと寝転がりました。


「お腹もなでてほしいの? よしよし、くんちゃんはかわいいね」


 くんちゃんは嬉しくてしっぽをぷりぷり。

 たくさんなでてもらって、おばちゃんとバイバイをしました。


「くんちゃん、くんちゃんパパ、こんにちは」


「こんにちは」


 次にあいさつをしたのは、学校帰りの小学生の子たち。

 木の下にしゃがみ込んで、落ち葉を掻き分けて何かを拾っています。

 くんちゃんも落ち葉の下に鼻を入れてふんふんと嗅いでみます。


「くんちゃん、どんぐりがあるんだよ」


 女の子が見せてくれました。


「くんちゃん、栗もあるよ!」


 男の子が見せてくれました。

 くんちゃんは順番に匂いを嗅ぎます。

 どんぐりをふんふん、栗をふんふん。


 いたいっ。


 栗のイガが、鼻にちくっと刺さってしまいました。

 くんちゃんパパがくんちゃんの鼻を見て、よしよしとなでました。


「栗は鋭いイガで覆われているけど、中の身はとっても美味しいんだよ」


 くんちゃんパパが教えてくれました。

 でも、くんちゃんはどんぐりの方が好きです。

 どんなに美味しくても、あのイガにはもう鼻を近づけたくありません。

 しょんぼりしてしまったくんちゃんは、小学生の子たちとバイバイをしました。


「くんちゃん、くんちゃんパパ、こんにちは」


「こ、こんにちは」


 最後にあいさつをしたのは、ご近所のお姉さん。

 いつもいい香りがして、ふんわり優しい雰囲気。くんちゃんはなでられると、うっとりとしてしまいます。

 くんちゃんパパも、うっとりとしています。


「くんちゃん、いい香りがするでしょう? キンモクセイが咲いたのよ」


 お姉さんは、オレンジ色の小さな花を指さして教えてくれました。

 かわいいお花です。とっても甘い匂いがします。

 くんちゃん、ふんふんと鼻を近づけて、ぱくり。


「あっ! くんちゃん、いけないよ!」


 くんちゃんパパが、慌ててくんちゃんの口からお花を取りました。

 お姉さんは「おいしそうな香りだったかな?」と笑いました。

 くんちゃんの口の中は、キンモクセイの香りでいっぱいになりました。


「またね、くんちゃん」


 寂しいけれど、お姉さんともバイバイです。

 おばちゃんにもらった柿をおすそわけして、くんちゃんはお家への道を歩きました。

 キンモクセイの香りが、くんちゃんのお鼻をふんふんとさせます。

 この匂い、どこかで嗅いだことがあるんだよなぁ。

 くんちゃんはずっと考えていました。


「ただいま。くんちゃん、足を拭こうね」


 くんちゃんパパが、タオルでくんちゃんの足を丁寧に拭きました。

 リードを外すと、くんちゃんにお水をくれます。

 たくさん歩いてのどがカラカラのくんちゃんは、勢いよくお水を飲みました。


「疲れたね、くんちゃん」


 お水を飲み終わったくんちゃんは、自分のベッドでごろんと横になりました。

 おさんぽして、疲れて眠たくなってしまいました。

 うとうとしていると、何かを持ったくんちゃんパパが隣に座って、くんちゃんをゆっくりとなでました。

 甘酸っぱい香りに鼻がふんふんと動きました。


「これは僕のおやつ。くんちゃんは、おやすみ」


 黒っぽくて艶のある、たくさんの粒。

 気になるけれど、今はとっても眠い。

 頭にのせられたくんちゃんパパの手があったかくて、甘い香りにうっとりとします。

 あ、この匂い。くんちゃんは気付きました。

 くんちゃんパパは、キンモクセイの香りに似た匂いがするのです。

 気になっていたことがやっとわかって、くんちゃんはすっきり。

 うとうと、うとうと。眠ってしまいました。



「……眠ったかな?」


 くんちゃんパパはくんちゃんをなでながら、黒っぽい一粒を口に入れました。

 ぷちんっと弾けて、じゅわ〜っと甘酸っぱさが口のなかに広がります。

 みずみずしくて、ごくんとのどが鳴りました。


「くんちゃんには、ぶどうが宝石に見えるのかな」


 おさんぽで見つけた、たくさんの秋。

 どれもこれも魅力的で素敵だったけれど、やっぱり気になるのは「黒っぽくて艶のある、甘酸っぱい香りのたくさんの粒」。

 ダメと言われるほど、輝いて見えます。

 くんちゃんにとって、「ぶどう」は秋で一番の宝石なのです。






挿絵(By みてみん)

2020.10.12挿絵追加



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― 新着の感想 ―
[良い点] 心がほっこりです(*´ー`*) 「しっぽは上にむかってぴーん、目はきらきら」や「しっぽをぷりぷり」の擬態語の表現がとっても可愛いです♪ 秋のうちに読めて良かったなぁと思いました! 季節…
[良い点] 「木の葉は赤や黄色、オレンジに変わり、緑色はどこにいってしまったのでしょう」 くんちゃんの目に映る季節が、とても素朴で優しい世界でした。 [一言] 企画から参りました。 くんちゃんとパパ…
[良い点] 私自身があまり果物を食べないので(くんちゃんパパが食べていれば興味を持つのは当然としても)犬って葡萄をたべるんだ…! とそっちにビックリしました。 他の方の感想コメントで、犬が食べたら問題…
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