第1章 幼少期 7話
「そうか。そんな事があったのか」
「はい…」
「…レイ。俺がお前に剣術を教えているのは、いざという時に自分の身、引いてはお前自身が守りたいと思った者を守れる様にする為だ。 だから躊躇はするな。その一瞬が己の命と、守りたい者を危険にさらす事になる。………だが…」
そこで一旦ゲイルは一呼吸置いて、だいじに話した。
「人を切る事、人を殺める事、これには慣れるな。絶対に…だ」
ゲイルの顔はいつも以上に真剣だった。
ゲイルは俺の事を結構気に掛けてくれているらしい。
目頭が少し熱くなった。
「わかりました!」
「うむ。では始めよう」
「はい!」
俺は昨日の件を重く受け止めた。
勿論2度とやらないつもりだ。
それとは別に、有事の際を考えてこれからは真面目に貪欲に剣術を習って行こうと決心した。
また、魔法ももっと強化して行こうと思った。
「ふぅ…今日の稽古も死ぬ程キツかったなー。 そうだ!魔法だ魔法だ。 やっぱりいちいち詠唱は俊敏性に欠けるよなー。 この世界には無詠唱って概念はあるのかな? いくら本を読んでも無詠唱についは何も書いて無かったんだよなぁ…ミリルに聞いてもそんなのは聞いた事が無いって言ってたし」
(無詠唱とかって、感覚でやるのかな?詠唱有りと無しの違いはなんなんだろう?詠唱すると魔力が自分の中から出てきて、自分の周りで形を生成する。それを勝手に放ってくれるって事だよな。それを感覚で出来れば無詠唱って事かな?)
俺は先ず詠唱をし、ウォーターウェアーを発動した。
(うん。やっぱり詠唱すると、自分の魔力を自分の周囲で形成していって、発動の流れだ)
俺は今度は無詠唱で試した。
(先ずは体内の魔力を自分の周囲に集める。こんな感覚だったかな)
あっさり出来た。
(次に魔法を形成する)
あっさり出来た。
(そして発動させる)
出来なかった。
(ん?…あれ?発動が出来ない。そう言えば発動の感覚が対して無いよな。詠唱を終えると勝手にスッて感覚で発動するしな。やっぱり無詠唱は無理なのかな?ただ魔力を纏い形成するまでは出来るんだよなー。後一歩が及ばない。悔しいな)
その後もハッ!とかウリャ!とか言いながらやってみたがどうにもならなかった。
「もっと魔法を理論的な所から解釈していかないと厳しいかな…」
(明日にでもクランに頼んで本を買いに行かせて貰お。うちの書斎には無かったし)
次の日朝食を済ませ、クランに話をしてみた。
「父様!」
「ん?どうした?」
「その…2日前にあんな事をしたばかりなのでちょっと頼み難いのですが、魔法に関する知識が載った本を買いに行きたいのですが…街に行ってはダメでしょうか…」
「なるほどな。 コール!頼めるか?」
「畏まりました」
「うん。コールと共に行くなら構わんよ」
「本当ですか?ありがとうございます!コールさんもすいません。ご迷惑お掛けしてしまって」
「ご迷惑だなんて。私はアルカナリル家に仕え、アルカナリル家の皆様のお役に立つのが何よりの誉です。なんでも仰って下さいませ」
「あ、ありがとうございます!」
有り難いけどちょっと引くわー
「だけど魔法に関する本は結構値が張るぞ。大丈夫なのか?」
「えっ…そんなに高いのですか?」
「あぁ。本自体高価な者だが、更に魔法に関しての本となるとかなり高価な者になる」
「えっと…その、大体どれぐらいですかね?」
「まぁどの程度の物を欲しがっているのかは知らんが、安い物でも小金貨数枚。高い物なら中金貨数枚。見た事はないが、大金貨程の本も有ると聞く」
この世界の通貨は上から、
鉄貨、銅貨、銀貨、金貨。
それぞれ小、中、大の大きさの物がある。
物価としては果物1つで中鉄貨1枚ぐらいだ。
宿で1泊すると1飯付きで小銅貨2枚〜だ。
そしてひと月の平均稼ぎは中銀貨3枚程度。
つまりは安くても小金貨数枚からと言うのは普通の人では先ず間違い無く手が出ない程の物なのだ。
なのでここは…
「父様………貸して下さい」
俺は、普通のサラリーマンがするお辞儀より、より綺麗に、より深々とお辞儀をして頼み込んでみた。
「柵の修繕費もあるし、返す宛は無いだろうが(笑)」
「うっ…その…と、父様も読みたくはありませんか?魔法に関する理論が載った本!今僕が探しているのは、魔法の理論について記載されている本です。うちの書斎にはありませんでした。…父様は、興味有りませんか?」
あれだけの本を書斎に置いている事からも、クランが魔法に関して知識を欲しているのは明白だった。
最悪この方向性で攻めて行こうとも決めていたので、俺は最後の交渉の札を切った。
「なるほどな。魔法の理論か…確かに興味はある。読みたいし欲しいとも思う。ただ今それを肯定してしまうと、流石にお前への教育上良くない気もする」
うーんと考えこんでいる。
もう一押しか。
「父様。知識とは、如何なる時も裏切りません。貴族たる者、知識はあればある程品位を高めます。 僕は、遊ぶ物が欲しい。食べたい物を食べたい。そう言う事を言っているつもりは有りません。ただ知識が欲しい。侯爵家の長男として、魔法を使う人間として、父様の子として」
最後の父様の子として。これがミソだ!
クランはうーんうーん言いながらも最後は、
「………分かった。今回だけだぞ!…はぁ…俺は少しお前に甘過ぎるな…」
折れたのだ。
「ご主人様。俺、では無く私。でお願い致します」
コールにそんな注意を受けながらも、クランは承諾してくれた。
ふぅ。チョロいな
コールと共に街へ出た。
お屋敷から出て5分ほど斜面を降ると、一昨日の露店街に出た。
コールに教えて貰ったがここは商業区らしい。
この街は、うちの屋敷を最北に位置し、右から順に貴族区、平民区、工業区、商業区となっている。
位置的には正面門から入り、1番左奥に屋敷、その前に商業区、左手前に工業区、右奥に貴族区、右手前に平民区となっている。
門は3つ。正面門の他に、貴族区と平民区の間に1つ、商業区と工業区の間に1つ。
それと、中央広場にはギルドが建っているらしい。
まぁどうでも良いのだが。
俺が用が有るのは本屋なのだ。
本屋は商業区にあるのかと思っていたのだが、コール曰く貴族区にあるらしい。
「えっ?貴族区ですか?」
「はい。本とは高価な物で一般庶民の方は簡単に購入出来ない物ですので。 買い求める方は貴族の方か、冒険者の方、貴族区には冒険者も入れませんので、冒険者が本を購入する場合ギルドを通してという形にはなりますが」
「なるほど」
そうこうしているうちに本屋に辿り着いた。
扉は木製で古びた印象を受けたが、店自体はしっかりしていて結構敷地もありそうだ。
「ここですか! 早速入りましょう!」
「はい」
中に入ってみるとやはり広かった。
言うなればコンビニぐらいの広さは有った。
店内はその広さを保有しておりながら、所狭しと本が置いてある。
圧巻だ!
「うわー…凄いですね…1日中滞在出来ますねこれ」
「レイ様は昔から本がお好きですからね」
「はい!自分で言うのも難ですが、知識欲の塊です(笑)」
等と話しながら目当ての本を探す。
本当に色んな種類の本が置いてある。
全て興味があるけど、今回のお目当ては魔法の理論についての本だ。
とは言え色んな本があるので目移りしてしまったりもして。
「うわー…凄いなぁ…こんなのもあるのか…」
色々見ながら探していると、店の奥の方にあるケースに入れられて、厳重に保管されている本を見つけた。
「これ…時空魔法に関する本て書いてある。欲しい…凄く欲しい…あれ?でも値段が書いて無いな」
ケースに入れられている本はどれも値札が付いていなかった。
これだけ厳重に完備されているとなるとさぞやお高いのだろう。
「なんだい騒々しいねぇ」
俺が独り言をぶつぶつ言っていると、奥からいかにも魔女!みたいな老婆が出てきた。
「あっ!すいません!少し興奮してしまって」
「ん〜?ほう。可愛らしいお客さんだこと。お使いかい?」
「えっと…その様なものです。欲しい本があったのですが、僕のお小遣いでは手が出そうに無かったので、父に相談して共有という事にして購入させて頂きに来ました」
「ほう。すると坊やも本をご所望という事かい?子供だというのに関心だねぇ。その本がお望みかい?」
老婆はケースに入った時空魔法について。という本を指して言った。
「いえ!今回は魔法の理論について書いてある物を探しに来ました。とは言えこちらの本も気になっています。お値段が付いていないのですが、おいくらぐらいするものなのでしょうか?」
「へぇ。その歳で魔法理論をねぇ…そうさね、時空魔法についての本は大金貨10枚だね。坊やが探している魔法理論について書いてある本はこれ。こっちは小金貨3枚だね」
「大金貨10枚?!そ、そんなに…」
日本円にしておよそ10億円になる…
「時空魔法に関する本はどれも高いのさね。時空魔法自体が希少だからねぇ。過去1000年間で時空魔法を使えたのはたった1人だけって話だしねぇ」
「1000年の内に1人…」
(間違い無く俺には使えないな)
「そうなんですね…」
「それで?魔法理論についての本は買うのかい?」
「あっ!買います!小金貨3枚ですよね!コールさんお願いします!」
正直小金貨3枚でも日本円にして300万円相当だ。
本1冊に300万円は鬼の様に高い。
高いとは思うが、あちらの世界とこちらの世界では物の価値観が違うのだろう。
「小金貨3枚確かに。しかしこの歳で魔法に興味を持つとは、それにその膨大な魔力。末恐ろしいねぇ」
「魔力ですか?…僕の魔力ってどういう事でしょうか?」
「そのまんまの意味さね。坊やが内包している魔力量が大体どの程度か見れるのさね」
「えっ…その…差し支え無ければ、どうやったら見える様になるのか教えて頂だけませんか?」
「坊やにはまだ早いねぇ。魔法を使える様になったらまた来なさい。その時教えてあげるから」
「………魔法は使えます」
俺は初めて、家族や使用人以外の人に魔法が使える事を打ち明けた。
「ほぉ…しかしこの婆の目にはまだ10歳未満に見えるがねぇ…」
「……はい…今年9つになります…」
「そしたらどうやって魔法を使えるっていうんだい? 本来10歳になると教会で自分が使える魔法の属性を教えてもらい、そこから勉強をするもんだ。だからどんなに天才と言われていても、魔法を初めて使える様になるのは10歳からさねぇ。 これは、10歳になったから教会で教えて貰う訳では無いんだよ坊や。10歳にならなきゃ教会でも分からないんだよ。どうしてかは知らないけどねぇ」
(初めて知った……って事は、俺の取った方法でしか10歳未満で魔法を習得するのは不可能だ。もっと言えば、8歳迄しか魔力総量を伸ばせないのだから、生まれた時から魔力総量は決まっている。これに関しても肯ける。これは多分2度と言わない方が良いだろう。ヤバい気がする)
「ご、ごめんなさい…嘘をついてしまいました。ちゃんと魔法が使える様になったら、また改めて御伺いさせて頂きます…」
「………そうかい。待っているよ…」
恐らくこの老婆は何かを察したのか、それ以上何も追求してこなかった。
(助かるなぁ…)
「ではまた来ます。色々とありがとうございました!」
「またいらっしゃい」
「はい!」
店を出て屋敷に戻る。
「レイ様。賢明な判断でした」
「いえ。少し迂闊でした。これからはもっと気を付けなければいけませんね」