好きな子と相合い傘をした
前作読んで頂ければどうしたお前って部分はなくなるはずです。
短いので出来れば読んでほしいな、と思っている作者であった。
僕は彼女:木村さんのことが好きだ。その気持ちは色褪せることはないだろうと断言できる。
一目ぼれというよりも、ある種の直感なのだ。この人が運命の人だと感じてしまった。
だがその気持ちを自覚しているからといって、その気持ちをストレートに彼女に伝えるなんて僕にはできない。
わかっている、素直に気持ちを伝えるのが一番シンプルで確実な方法だというのは。心の中で、当たって砕けたとしてもずっと悩んでいるよりも楽だぞ、と考えていることも理解はしている。
だが無理なのだ。僕は小心者だし、告白するのは恥ずかしいと感じてしまっている。
なにかきっかけが必要だ。1年間同じ時間を図書委員(ほぼ会話なし)として仕事をし、今年は同じクラス(これまで会話なし)になれた僕でも告白できるようなきっかけが。
真剣にゲームをしている振りをしつつ、頭の中は木村さんの事でいっぱいだ。
「よ-し、席替えするぞー。」教室に担任の声が響く。
きたーーー!チャンス到来!
木村さんのことを諦めないと決めた後すぐに席替えイベントが発生した。狙いはもちろん木村さんの隣の席。これまでにないほど力を込めて祈る。
このクラスでは先生のくじ引きで席を決めるなんて方法をとっている。クラス全員が、教壇に立ち淡々とくじを引いていく先生に向けて念を送っているのは間違いない。
先生が黒板に席を書き出していくと、教室中がざわめきだす。僕はぎゅっと目を閉じたまま祈り続ける。
ざわめきが最高潮に達した時、先生の声が聞こえてくる。
「はい、じゃあ明日からこの席順な。明日は席を間違えるなよ。」
慌てて目を開け、自分の名前を探し始める。
僕の名字は渡辺だ。すぐに見つけられる。その場所は・・・・・・
「一番前かぁ。」
だからどうしたと言われればそれまでなのだが、嫌だという思いが強い。小さくため息をつきながら自分の席の周りを確認していく。
左隣は○○さんか。そう、クラスで一番かわいいと評判の○○さんなのだ。思わず顔がほころぶ。
もしかしたら席を変わってくれる人がいるかもしれない。
○○さんはかわいい、それは間違いないが目線が一度は下がってしまうのは男として仕方のないことなのだ。許してほしい。正直に言って胸が大きいのが一目でわかってしまうのだ。パツンパツンだよ?
だが、○○さんの魅力はそれだけじゃない。性格だって明るく元気で社交的。バッサリと切られたショートヘアからは少し日に焼けた健康的な肌がのぞいている。そのかわいらしい顔から放たれる邪気のない笑顔にハートを撃ち抜かれた人も多いとか。
彼女の隣にしてほしいと祈っていた人も多いだろう。少なくとも1人は確実にいるのがわかっている。
背中に殺気だった視線をひしひしと感じながら周りの席の確認に戻る。
”○○”の隣が”わたなべ”で、その次は”木村”。・・・・・・・きむらッ!
いやいや落ち着けよ~。クラスに木村が複数人いる可能性も・・・・ってそんな人いないよ!うちのクラスに木村はただ一人。
つまり神は僕を見捨てはしなかった(迫真)、ということかッ! よっしゃー!
席変わってもらえるとか考えてしまって、本当にすいませんでしたーー。
喜びに打ち震え、祈りを聞き届けてくれた何某かに感謝していると、バシバシと乱暴に肩を叩かれる。
「よう渡辺。お前一番前の席になったからって悲しみすぎだろ。」
背中に向けられる殺気だった視線の容疑者筆頭が話しかけてきた。僕は今喜びを押し殺している真っ最中なんだけどわからないかな。
「そんな渡辺君に朗報です。なんと今なら後ろから二番目の席の俺と変わることができます。加えてジュース一本も付けてこのお値段!」
「・・・お値段?」
「1万9800円、1万9800円!もちろん税込みでのお値段となっております。」
「いや高ぇよ。」
「まぁそれは冗談だけどさ、ジュースおごるから席替わってくれない?」
「そんなに○○さんの隣がいいのか。面倒だし却下だぞ。」
「そこを何とか頼むよ。課金カード500円分を付けてもいい。」
「・・・お前それ本気じゃねぇか。」
「そりゃもちろん。誠意というのは見せてなんぼだからな。」
今までの自分なら間違いなく替わってやっていた。それがたとえ木村さんの隣から離れることになったとしてもだ。それほどまでに絶妙なポイントを突いてくるとは称賛に値する。
しかし、それはもう過去の話。思わず口元をニヤッと歪めて言った。
「だが断る。」
「・・・もう一回言ってくれる?」
「大事なことなので2回言ってほしいと?だが断る。」
「嘘だと言ってくれよー。」
この世の終わりみたいな顔をして頭を抱える友人を見て、僕は笑いを抑えきれなかった。
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席替えの結果隣同士になることに成功した。
成果はこれだけじゃない。何と、毎朝あいさつが出来るようになったのだ!
「木村さんおはよう。」「おはよう渡辺君。」
この程度のあいさつなら毎日できるようになった。
たったそれだけの事だけど進歩でしょ?
下の名前はわからないが、確実に名字は覚えてもらえたという証拠じゃないか。
隣の席が木村さんなので授業を受けるのも楽しくなり、家に帰っても次の日の学校が楽しみで仕方ない。最近では家族にも、なんだかご機嫌だねと言われてしまう始末だ。
しかも、この前ついに一緒に昼ご飯を食べることに成功した。
昼休み、さっきの授業で分からなかったところがあるんだけど教えてくれない?から、一緒に弁当食べてもいい?までの流れは完璧だった。あの時の自分を何度でも褒めてやりたい。
だが、幸せな時間というのはすぐに過ぎ去ってしまうものだ。一か月もしないうちにまた席替えをするらしい。それも突然。泣く。
どんなに嫌でも、僕にこの流れを止めることは不可能だ。
「早いよー」「よっしゃ!」「なんでなん?」等々、色々な意見が飛び交うが先生はごちゃごちゃ言うなと言ってくじ引きの準備を進める。
また近くの席になれることを祈ることしかできない。急いで周りと同じように目を瞑る。
ざわめきが静まり、先生がくじを引くかさかさとした音が教室に響く中、ふと気になった僕はちらっと木村さんの方を見てしまった。
ぎゅっと目を閉じ、顔の前で手を組んで祈る様子に愛おしさが溢れ出し思わず見とれる。
ヤバいッ!気づかれるッ!
木村さんが目を開け顔を上げようとしたので慌てて顔を前に向ける。見られたかもしれないと思うと、隣の席に聞こえそうな程心臓の鼓動が激しく鳴る。
どうにか落ち着こうと目を閉じて深呼吸をしていると、先生のくじ引きが終わっていた。
結果は惨敗。祈りの力の偉大さを感じた。
それにしても2回連続で同じ席って面白くない。
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席替えの失態に追い打ちをかけるように雨が降り出した。それもかなり雨脚が強い。
こんな日に限って傘を持ってきていないのを思い出す。テンションはどん底まで下がった。
授業が終わりいつもなら帰る時間になったものの、この天気の中を傘もささずに走って帰るのは憚られる。
雨が止むまで図書室で時間をつぶすことにした。
放課後の図書室、図書委員でもなくなった僕が来るのは久しぶりだ。昼休みならまだしも放課後となると僕も足が伸びない。
この学校の大部分の人間はこの時間の図書室とは縁がないということだ。
それを表すかのように、図書室の中にはザーッという雨の音だけが響き渡る。
今日は恋愛小説を読みたい気分だ。甘酸っぱいハッピーエンドの話。
恋愛ものが置いてある棚に向かい、それっぽいタイトルの本を取る。あらすじはさらっと見るけど、読むか決めるのはフィーリングを優先する質なのだ。
運よく今回選んだ本はあたりだった。雨音をBGMに、ぐんぐんと物語に引き込まれていった。
面白い本を読み始めると時間が経つのが速く感じる。いよいよクライマックスという場面で一度本から手を放し大きく伸びをする。気付けば閉館の時間はもう間もなくだ。
窓の外を見れば、まだ雨はザーザーと降っていてすぐには止みそうにない。
「ちっ、まだ雨降ってるよ。」
思うようにいかないことにイラついて思わず舌打ちをする。
静かな図書室では思った以上に響いてしまった。
慌てて周りを見ると、図書室にいるのはあと一人だけ。受付に僕を見る木村さんがいる。ナンテコッタイ。
「あの、もう少しで図書室閉めるんですけどその本借りていきますか?」
話しかけられるとは思っていなかったので少し慌てる。
「あ、いや今日はやめときます。まだ雨が降ってるんで本が濡れちゃいそうで。」
「そ、そうなんですか。あの、予報ではもうすぐ雨が止むってなってて、今もだんだん雨弱くなってると思うんですけど。その、いいですか?パソコンの電源落としちゃっても。」
木村さんにたくさん話しかけてもらえて嬉しくなる。
「ええ大丈夫ですよ。今日は傘を持ってきてなかったので、一回止んだとしてもまた振ってきたら確実に濡れますからね。」
そう言って僕は苦笑する。それを見た木村さんはなぜか俯きがちだった顔を上げ大きくうなずく。
「その、渡辺君。傘忘れちゃったんでしょ?も、もし良かったらなんだけど、あのっ、駅まで一緒に帰らない?」
震える声だったが、はっきりと一緒に帰ろうというお誘いを受けたのを耳にした。
一瞬何を言われたのか分からなかったが疑問の言葉は飲み込む。一呼吸して言葉の意味を理解し始めると顔が赤くなっていくのを感じた。
とっさにそんなの悪いよと断りそうになったがその言葉も飲み込む。
諦めないと決めたじゃないか。ただの善意だろうと好きな人からのお誘いを断るなんて男じゃない。
図書室の空気を吸い込むと、僕の覚悟を言葉に出す。
「ぜ、ぜひお願いします。」
……ちょっと変な声が出たのはご愛敬ってことで。
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昇降口まで来ても、木村さんと一緒に帰れるなんて信じられなかった。例え徒歩10分ほどの駅までだとしても、こんなことになるなんて完全に予想外だ。
木村さんの傘は体に合った小さな茶色の傘だ。僕が入るには少し小さすぎる気はしたが、ここにきて雨に濡れて走って帰るという選択肢は頭にはなかった。
木村さんが傘を広げ、僕が入る場所を開けるように傘を傾けてくれる。僕も身長は180センチ近くあるので傘を持つ腕がつらそうに見えた。
「あの、傘は僕が持ちますよ。」
そう言って腕を伸ばすと傘を持つ手と触れ合う。
やばいやばい、何で女子の手ってこんなに柔らかいんだろう。しかもめっちゃ良い匂いするしー!
パニック!めちゃくちゃテンパっているのは自覚しているがどうすればいいのか分からない。意識していないと顔がにやけてしまいそうだし、もうずっと顔が熱い。
何も出来ずに固まっていると木村さんがすっと傘を差し出してきた。
「その、・・・お願いします。」
可愛い、上目づかいなんて可愛くて可愛すぎる。
悶え殺す気かああああああぁぁぁぁあああ!!!
と、口に出せないことを心の中で叫びつつ傘を受け取る。今度は手が当たらないように注意したよ。
「それじゃあ帰りましょうか。」
努めて冷静そうな声を出しながら、雨の中を二人で歩きはじめる。
木村さんが濡れないようにしていたらだいぶ肩が濡れたが全く気にならないほどの幸せを感じていた。
しかし、それに木村さんも気づいたらしくじりじりとにじり寄ってくるので、思わず声が出てしまった。
「あ、あの、木村さん?」
「その、濡れたら意味が無いので。も、もっと近づいて歩きましょう?」
ああああああぁぁぁぁあああ!!!可愛い、上目づかいなんて可愛ry
傘を持つ腕にある感触や木村さん可愛いという感情だけが頭の中を駆け巡り、馬鹿みたいに頷くことしかできない。
その後二人は互いに顔を背けつつ、いつもの倍ほどの時間をかけて駅までの道のりを歩いた。
雨に濡れないようにとは言え、こんなにくっついていたら恥ずかしくって顔なんて見せられるわけがない。
もちろん会話なんてあるはずもないが、時間か経つにつれ不思議と落ち着いてきて温かい気持ちになった。会話のない時間でも悪くない気分だ。
しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。気付いて時にはすぐ近くを歩いていて、雨はほぼ止んでいた。
ずっと一緒にいたいという気持ちを抑え傘を木村さんに返す。
「本当にありがとう、木村さん。このお礼はいつか必ず。」
「私が言ったんだから気にしなくていいのに。
じゃあ私はここからバスだから。その、また明日。」
そう言って木村さんは小さく手を振る。僕も手を振り返した。
「うん、また明日ね。」
雲の切れ目からはきれいな夕焼け空が見えていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。