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4.脱出するにはこれしかなかったんですと言い訳をして

 ――胸が苦しい。

 ヤマタノオロチのこの顔を見ているのは辛い。自分が悪いような錯覚をしてしまう。


「悪かった伊万莉。関係のないお前に当たってしまった」

「いや、それは気にしてないから」


 だが関係のないという言葉はチクッと刺さる。


「しかしどうしたものか。復讐できないのは置いておくとしても、二千年も経っているとなると別の神が俺たちの代わりに治めているかもしれん。今戻れば争いの元にもなり得る」


 神様にも担当区域みたいなものがあるのだろうか。それとも長期休暇の後に会社に出社したら干されていたみたいな。

 そんなイメージを伊万莉は勝手に抱いた。


「さっきから気になってたんだけど、『俺たち』って? ヤマタノオロチ以外にだれか封印されてるってこと?」

「ん? 俺たちというのは『ヤマタ』のことだが?」

「んん? ヤマタ? ヤマタノオロチってあなたことだよね?」

「そうだ、俺がヤマタノオロチだ」

「どういうこと?」


 食い違う会話。

 何か決定的な齟齬が二人の間に存在しているのは確かだ。


「ああ! そのように捉えておったのか。どうりで話が噛み合わぬわけだ」


 男の方はその理由がわかったらしい。


「伊万莉は俺の名前を『ヤマタノオロチ』だと思っているのだろう?」

「そうじゃないの?」

「半分だけ正解だ。俺は『ヤマタ』という蛇神衆の長の『オロチ』という者だ。だからヤマタノオロチ」

「へ?」


 くくっと含み笑いをしていたオロチだったが、とうとう堪えられなくなったようで腹を押さえて大笑いしだした。

 自分の勘違いにようやく気付いた伊万莉は笑うオロチに頬を膨らませる。


「そこまで笑わなくてもいいだろ⁉ どの資料にもヤマタノオロチは八つの頭と八本の尾を持つ怪物って書かれてるんだから!」

「すまんすまん。だがお前といると面白いな。さっきまでの暗鬱とした気分が吹き飛んでしまったぞ」

「それはどーも」

「……くっくく」

「……ふふっ」


 そして二人は揃って笑い声をあげた。



 スサノオのことはいずれ何らかの形で決着をつけねばならない、とオロチは思う。

 スサノオが行った根の国というのは黄泉の国以上に謎が多い。死んだ者が行くのが黄泉の国だが、根の国は生きている者が行けるのかどうかすらわからない。

 スサノオは死んだ後に行ったのか、生きたまま行くことができたのか。そして、スサノオは今も根の国にいるのか。わからないことだらけだ。

 クシナダヒメについても黄泉の国へ行けたのか気がかりだ。新しく生まれ変わっているならいいが、黄泉比良坂で未だに迷っている可能性もないとは言えない。

 しかしどの懸案も現段階ではどうしようもない。

 それよりも今重要なのは。


「そうだ、いいことを思いついた! 俺をお前の家に置かないか?」 


 住む場所がないのである。


「うち?」

「封印を解いてくれたこと、それに美味い飯を食わせてくれた恩を返したい。落ちぶれたと言っても元はこの辺り一帯を治める土地神。お前を守ってやれるぞ?」

「それはそうかもしれないけど……。今まではどうしてたの?」

「適当な家に上がり込んで勝手に住んでた。皆、俺のことは知っていたしな」


 開いた口が塞がらない。

 昔ならともかく、現代でそんなことさせるわけにはいかない。

 少し思案する伊万莉。

 あのヤマタノオロチである。神としての力は相当強いのだろう。何の御利益があるかは知らないが。

 しかし問題は別にある。


「僕は夏休みが終わったら家をまた離れないといけないし、それに父さんと母さんが何て言うか」


 知らない人をいきなり連れてきて、「この人住まわせてもいい?」というのはいくら何でも荒唐無稽な話だろう。

 面倒見きれないなら拾ってくるんじゃありません、とか言われるのが落ちである。


「もちろん俺からも伊万莉の親に話をしよう」

「ややこしくなるからそれは止めて」


 自分は神だと言う奴が家にきたら伊万莉でも真っ先に怪しい宗教を疑う。

 ましてや自分の息子がそんな人物を連れてくるのだ。彼らは間違いなく嘆き悲しむ。



 様々な可能性を検討してみる。

 オロチを実家に住まわせる際のリスクやしなければならないこと。伊万莉が寮に戻ってからのこと。

 あれは大丈夫これはダメと取捨選択していくと一つの光明が見えた。


「実家はダメかもしれないけど、空き家があるからそこならいけるかもしれない」

「伊万莉の家はダメなのか? それだとお前は俺の加護を受けられないから恩返しにならんのだが……」

「恩返しとか別にいいって」

「伊万莉はいまいち事の重大さを理解しておらんようだな。神を救ったのだぞ? 後世に語り継がれる程の偉業だぞ? これで俺が何もしなかったら神の名折れではないか」


 本人は別にいいって言ってるのに半ば強引に押しつけてくるのが神というものなのだろうか。

 あるかないかわからない加護より、現金とかの俗物的な物を提供してもらったほうが正直嬉しい伊万莉である。


「僕もそっちの家に住むから、それでいい?」

「うむ。それなら問題ない」


 元よりオロチを一人で放っておくつもりはなかった。

 夏休みが終わるまでに現代的な生活というものを教えて、伊万莉が大学の寮に戻ってもオロチだけで暮らしていけるようにする必要があるし、封印されているというほかの蛇神ももしかしたら帰る場所が無くてここに住むとか言い出すかもしれないからそのことも考えないといけない。

 帰省する頻度も増やして定期的に様子を見る必要もある。食べ物もどうするか。



 加護というのがどれほどのものか知らないが、かかる手間と面倒さに比べて割に合わないのではないだろうか。

 それでもオロチのことを無視できない伊万莉であった。





「ではそろそろ黄泉比良坂を出るとするか」

「出口わかるの?」


 どちらを見ても同じ景色で方向感覚などとっくに無くなっている伊万莉はどこから入ってきたのかもわからない。


「出口? こうやって……はっ!」


 オロチはそう言うと正面の空間に向かって前蹴りをした。


「気合でなんとかなる」

「…………」


 オロチに蹴られた空間が歪んで、真っ白だった景色がその部分だけ新緑の森の中を映し出していた。

 気合があっても絶対普通の人間ではできない。


「まあ出られるなら何でもいいか。……痛っ!」


 立ち上がろうとした時に伊万莉の左足首に痛みが走った。思わず足首を押さえてしゃがみ込む。


「足を痛めたのか?」

「転んだ時にたぶん。腫れてはないから骨は大丈夫だと思うけど」


 自動車教習所で運転できるか若干の心配はある。マニュアルの免許取得を目指しているのでクラッチ操作をする左足も重要なのだ。


「ゆっくりなら歩ける……かな?」

「無理するな。俺が抱えてやる」

「え⁉ ちょちょちょ待っ!?」


 無事な右足に体重をかけて体を起こそうとした伊万莉をオロチがすくい上げるように持ち抱えた。

 オロチの右手が伊万莉の両腿の裏に。そして左手は腰から背中にかけて支えるように。

 いわゆる『お姫様抱っこ』である。


「持ちにくいから暴れるな」

「いやそんなこと言ったってこれは……!」


 伊万莉もこの高さから落ちたくはないので、バランスをとるために必然的にオロチの首に手を回すしかなかった。


「別にお前の一人や二人、どうってことはない」

「そうじゃなくて……」


 この恥ずかしさは何とも言い表せないものがある。他人にみられたりとかしたらなおさらだ。

 だけど、安定感と妙な浮遊感は悪くはなかった。

 この人だからなのだろうか。


「おっと亡者どもがまた寄ってきたな。だが一歩遅かったな」


 人影がまた一体、二体、三体と数を増やしてきているがそんなものはもう無視して行く。


「さらばだ!」


 伊万莉を抱えたオロチが空間の歪みに飛び込むと目の前の景色は瞬時に白から緑に切り替わった。

 背後の空間の歪みも消えている。


「追っては……こない?」

「あいつらに境界を超えるだけの力はない。生きている人間の体を求めるのもそこから出る為だしな」

「そうなんだ」


 あの人影が黄泉比良坂でさまよっている理由は知らない。現世に未練があって黄泉の国に行く途中で帰ろうとでもしたのか。

 だが、いざ死を前にして未練など全くないと思える人間なんてどれくらいいるだろうか、と伊万莉は考える。

 人影に同情するわけではないが、もしかしたら自分も死後あれらの仲間入りするのではという心配が頭を過った。


「しっかし何だ? この暑さは」

「夏だからね」

「アマテラスよ、働き過ぎではないか?」


 オロチの言うことはわかる。木の陰にいるとはいえ、このじわりとした暑さは現代人の伊万莉でも堪える。


「ここは同じところかな? 森なんて違いがわからない」

「人里がある場所まで下りてみるか?」

「い、伊万莉……?」


 それは三十分前に伊万莉が聞いていた声。

 声の主は驚きというより混乱の極みにいるような顔をしていた。


「どどどどいうことそれ⁉ っていうかその人誰よっ⁉」

「昴ちゃん、落ち着いて」


 とは言いつつもこれで冷静になれというのは酷かもしれない。何せ幼馴染の『男の子』が知らない『男』に『お姫様抱っこ』されているのだから。

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