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すれ違い


 ため息が出る。


 フェリシティは居間にある長椅子に横になり、クッションを抱きしめてどんよりと沈んでいた。

 もうすでに昼の時間になっている。でも動く気が少しも起きない。朝の片付けもしなくては、と思いつつも放棄していた。


 窓を開けて空気の入れ替えをしていないせいか、夜の不愉快な空気が淀んでいるような気もする。


「はあ……やっぱりもう少し大人になるべきだったのかしら」


 昨夜、怒りが収まらずこちらを気遣うサイモンを無視する形になってしまった。もちろん朝も気まずい状態が続き、朝の食事もお互いダンマリ。

 このままではいけないと思うものの、様子を伺うようにちらちらと見てくるサイモンを見ていると何故かイライラしてくる。

 サイモンの言う通り、二人には男女の関係はないのだろう。何もなくても、サイモンはあの女と一晩一緒に過ごしたわけで、その親密度の理由を妻の自分にもう少し丁寧に説明しても差しさわりはないはず。


 その割り切れない思いがあって、どうしても気持ちがささくれ立つ。


 サイモンが頑なに説明したくない、愛しているから信じてほしいと言うから余計にやりきれない。いつも愛していると言われていたのならそれでも妥協してもいい。


 今まで言わなかったくせに、黙らせたいときに愛していると言われるのだからフェリシティにしたら裏切られた気分だ。

 再び大きくなってきたモヤモヤを叩き潰すように抱きしめていたクッションをぎゅうぎゅうに両腕で潰す。


「サイモンのバカ! 何でわたしの気持ちがわからないのよ!」


 仕事に行っているサイモンを思いっきり罵っていると、玄関の扉が開く音がした。勝手にこの屋敷に入れるのはスザンナしかいない。フェリシティはクッションをぎゅうぎゅうにする手を止めた。ちらりと時計に目を向ければ、まだお昼前だ。スザンナが来るには少し早いなと思っていると、スザンナの声が響いた。


「こんにちは、お嬢さまはいらっしゃいますか?」

「ここよ、居間にいるわ」


 声を上げて返事をすれば、ほどなくしてスザンナが入ってきた。だらしなく長椅子に寝そべっているフェリシティを見て彼女は目を丸くする。


「どうしたのですか?」

「少し気分が悪いの。体調が悪いわけじゃないわ、気持ち的な問題よ」

「……それだけではありませんでしょう?」


 困った子供を見るような目を向け、彼女は宥めるように何があったかと促す。フェリシティはようやく体を起こした。ぎゅっとクッションを抱き込むようにして背中を丸めて座る。


「サイモンと喧嘩? みたいになっているの」

「まあ、それは珍しい」

「だって、あの女のことは説明できないけど、愛しているから信じろと言うのよ」


 話しているうちに再びむかむかし始めたフェリシティはクッションに拳を叩きつける。スザンナが信じられないと言ったような顔をした。


「ひどいわよね。わたしがどれほど彼から告げられるのを待っていたと思っているのよ。丸め込むために言われたくはないわよ」

「はああああ、サイモン様、なんて無頓着な」

「それはそうと、今日は随分と早いのね」


 フェリシティはスザンナが急いでやってきたことを忘れていなかった。スザンナは頬に手を当て息を吐く。


「あの女の情報を仕入れました。聞きますか?」

「聞きたい!」


 ピンと姿勢を伸ばしたフェリシティはスザンナに隣に座るように促す。彼女は隣に座ると、声を潜めた。


「サイモン様と一緒にいた女ですが、どうやら幼馴染のようです」

「幼馴染?」


 フェリシティは目を瞬いた。


「彼女は王都にある商家の娘で、家族ぐるみの付き合いがあるそうです。その流れで、いずれ婚約してという話になっていたところ、彼女は旅行に来ていた他国の男と恋に落ち、そのまま駆け落ち。自然と婚約の話はなくなりました。四年前のことだそうです」

「え、どうして今更サイモンの所にやってくるのよ。彼女がサイモンを捨てたのよね?」

「そのあたりはまだわかっておりません」

「……ねえ」


 フェリシティはひどく真面目な顔をして告げたスザンナを見る。


「なんでしょうか?」

「その情報、やけに詳しいわね」

「詳しいのは過去の話だけですよ」


 過去の話と聞いて、顔が引きつった。スザンナは涼しい顔をしているが、その表情にすべてを悟った。


「お兄さまに話したのね!?」

「話したというより、調べようとしていた時点で知っておりました」


 フェリシティは小さく悲鳴を上げた。ひどく慌てた様子で顔色を悪くするフェリシティに、スザンナは不思議そうに首を傾げる。


「朝帰りなんて人の目につくことをしたのですから、遅かれ早かれです」

「でもいくら何でも早すぎでしょう。昨日のことなのよ?」

「過去のことですので、お嬢さまが結婚する時に調べてあったのではないでしょうか。とりあえず今のところは子爵様には言わないようにお願いしてあります」


 スザンナの言葉はもっともで、サイモンとの結婚の時に彼の調査をしないなんてありえない。まだこちらが何もわかっていないにもかかわらず、ミランがすでに知っていることにフェリシティは頭を抱えた。


「ああ……なんだか嫌な予感しかしないわ」

「そうですね。わたしもその予感は正しい気がします」


 スザンナは落ち着いて同意する。フェリシティは勢いよく立ち上がった。


「こうしていられないわ! 実家に行って釈明を」

「何を釈明するんです?」

「何を、って」


 のんびりとスザンナが聞いてきた。勢いを削がれたフェリシティは戸惑いながら言葉を繰り返す。


「一つ。あの女性はただの幼馴染だということです。本当に困ったことがあって頼ってやってきただけかもしれません。二つ。釈明するべき人間はサイモン様です。お嬢さまではありません。三つ。そもそもお嬢さまはサイモン様から何も聞かされていませんよね?」


 指を一本一本立てて、理由を述べられてフェリシティは脱力したようにもう一度長椅子に座った。


「そうだった。わたしには何も話してくれなかった」


 がっくりと肩を落とせば、スザンナが一通の封書を出してきた。目の前にある白い封書を胡乱気な目で見る。


「どうぞ」

「何、この手紙」

「ミラン様からです」

「不幸の手紙としか思えない」


 じっと差し出されたそれを見つめていたが、一つため息をつくと受け取った。ろくなことが書いてないだろうが見ないわけにはいかない。テーブルの上にある箱からペーパーナイフを取り出す。広げてみれば、びっちりと細かい文字が書かれていた。


「……お兄さま、相変わらず字が小さいわ。ミミズが這っているように見える」

「言いたいことが沢山あるのでしょう」


 そうだろうな、とスザンナの言葉を肯定しながら、さっと文面に目を通す。細かい字を読み飛ばさないように注意しながら、3度読み返した。どれだけ家族がフェリシティを愛して心配しているかということが延々とつづられており、サイモンの悪口――至らなさをさりげなくちりばめ、最後には離縁をするなら、と書いていある。


「ねえ、お兄さまはサイモンのことが嫌いなのかしら?」

「今回のことで我慢ができなくなったのでは? 恐らくジェインさまからお二人の話を聞いていると思いますので」

「お義姉さまはサイモンのことをよく思っていないものね」


 普段からもう少し実家に通って、彼との仲睦まじい姿を見せるべきだったと後悔した。



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