幸せな日常
ヘザーが領地から去ってから、一年後。
フェリシティはサイモンとゆっくりとした結婚生活を送り、子供を授かった。そこからは非常に忙しい毎日だ。家族が増えるごとに賑やかになっていき、二人は騒々しいながらも平和な日常を過ごしていく。
三人の子供に恵まれ、幸せな毎日を過ごした。
サイモンの兄家族とはあの時を縁に、ずっと交流を持っている。だが、兄家族とは交流を持っていても、フェリシティがサイモンの母、べリック前男爵夫人と顔を合わせることはなかった。
挨拶だけでも、と子供ができた時に言ってみたが、サイモンも義兄夫妻も毒ばかりの人だから会う必要はないと口をそろえて言う。今はべリック男爵夫人となった義姉もかなり戦ったようだった。サイモンの母と同じような思考を持つ義妹にも会ったことはない。
一度だけ、サイモンの兄からヘザーのその後の話を聞いた。彼女は王都にある実家に帰った後、結婚相手を探したが相手が見つからなかったらしい。結局、居づらくなって、他国へと渡っていった。その後のことは誰も知らない。
ヘザーがどうしているのか、べリック前男爵夫人のことなど、どうしても割り切れず心の片隅に残っている。サイモンに相談しても、気にする必要はないと言われてしまうので意識して気にせず過ごしていく。
特に大きな問題もなく、二人は子供を育て、年を重ねた。
気持ちの良い晴れた日、二人で腕を組み、街を散策する。子供たちが成人した後、こうして二人で歩くのは日課となっていた。
「ねえ、サイモン」
「なんだ?」
「わたしね、サイモンがこの領地に来る前に実はあなたのことを知っていたの」
サイモンが足を止めた。フェリシティも足を止め、振り返る。サイモンはじっとこちらを見つめていた。
「サイモンがたまたまこの領地を選んでくれて、これは運命かもと思ったのよ。絶対に結婚しようと頑張ったわ。だって初恋だったから」
穏やかに当時の気持ちを伝えれば、サイモンはフェリシティの真正面に立ち、自分よりも小さな両手をぎゅっと握った。フェリシティは自分の夫を見上げた。
「笑っていた方が可愛い」
サイモンが真面目な顔をして告げてくるので、フェリシティはぽかんとした顔をした。
「あとは何だったか。これ以上泣かれると、どうしていいかわからない、だったか」
「……覚えていたの」
「ああ」
「言ってくれたらよかったのに」
恥ずかしい気持ちが胸の中に広がり、頬を熱くした。バラ色に染まる妻の頬を嬉しそうに見つめ、そっとキスを落とす。
フェリシティを見つめる彼の瞳はとても優しい。年を取って刻まれた目じりのしわも、癖のようになっている眉間のしわも、とても愛おしい。
「君が覚えているのかわからなかったから」
「覚えていたから、サイモンと結婚しようと頑張ったのよ」
「もし覚えていない状態で伝えてしまったら、おかしな誤解を受けるかもしれないと思った。結婚の申し込みを下げられるのが怖かった」
そうだった。夫はあまり言葉が上手な人じゃない。今でこそ色々と話すようになったが、ここまで気持ちを話すようになるまでにはかなり時間を要した。フェリシティにしてみたら非常にやきもきした時間であったが、それもまた夫婦の歴史だと思えば大切な出来事だ。
「ふふ。サイモンもわたしと結婚したいと思ってくれていたの? お父さまからの申し込みだという理由じゃなくて?」
「ああ。君は泣いていてもとても可愛かった。笑っているところを見たいとずっと思っていた」
なんだかこそばゆくて、微笑んだ。夫婦生活も25年を超え、いい年しているのに、こんなにも恥ずかしがる気持ちがあるなんて不思議だった。
「なんだかとても素敵なプレゼントをもらった気分よ」
「そうか。早いうちに話しておけばよかったかな」
「今だからいいのよ」
明日には一番末の娘が結婚する。まだまだ子供だと思っていたのに、あっという間に相手を見つけ、幸せに向かって飛び出していった。
結婚して、家族ができて、そして明日からはまた二人。
最後の時まで寄り添っていけたらいいとフェリシティは心から願った。
Fin.
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。