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決着


 子爵夫人からヘザーに会う許可が出るまで、フェリシティはサイモンと夫婦として話し合ったり、触れ合ったり二人で過ごした。結婚してから、これほどゆっくりと過ごしたのは初めてだった。


 サイモンもできる限り自分の気持ちを話そうとしてくれる。フェリシティも先読みして彼の言葉を潰さないように気をつけた。初めて出会ったようなぎこちない二人の関係に戸惑いながらも、まだ知らない彼を知る新鮮さが嬉しい。


「……意識すると恥ずかしいものだな」


 サイモンも同じように感じているのか、時々困ったように頭を抱えていた。大きな体を丸くする夫にしがみつくように抱き着く。


「サイモン、大好きよ」

「俺もだ」


 気持ちを伝えればぼそぼそした小さな声が返ってくる。もっとはっきりと伝えてほしいけれども、耳の裏まで赤くなった彼を見れば今はこれが限界だろう。


「サイモンが朝帰りした次の日も、迎えに来てくれた日も愛していると言ってくれたのに」

「あの時はわかってもらってほしくて必死だった。でも今は……」

「あんな時に言うなんて、ひどいわよね。わたしはずっと愛していると言ってもらえるのを待っていたのに」

「悪かった」


 そんなくすぐったい時間はフェリシティにしっかりと愛されているという自信を持たせた。


 正直、ヘザーのことなどどうでもよくなってきた頃。

 準備が整ったと許可が出た。さっさと済ませてしまいたい、とフェリシティはすぐさまサイモンと詰め所に向かう。


 二度と勘違いしないようにガツンと言ってやろうと意気込み、指定された部屋の扉を開けた。


「大変申し訳ございません!」


 知らない中年男性に勢いよく謝られた。何が起こっているのかよくわからず、ぽかんとして目の前で頭を下げる二人の人物を見つめた。


 よく見れば、深々と頭を下げる中年男性に頭を押さえつけられてヘザーも頭を下げている。


「数々の娘の無礼な振る舞い、お詫びいたします。本当に申し訳ございませんでした」


 その言葉で、フェリシティはこの中年男性がヘザーの父親だと気が付いた。ヘザーは抵抗しているようだが、父親の押さえている腕の力の方が強いのか、手を激しく上下に動かし自由になろうともがいている。


 詰め所の応接室には何とも言い難い空気が漂った。どうしていいのかわからず、隣にいるサイモンへと目を向けた。サイモンはいつも以上に難しい顔していて、どうにかしてくれそうにない。仕方がなく、頭を下げた二人の後ろに立つロイを見た。ロイはにやりと笑っただけで、動こうとしない。


 仕方がなくもう一度、頭を下げる二人を見た。


 謝ってもらうのは困ることではないが、ヘザーとの応酬しか考えていなかったため、この状況には戸惑いしかない。


「顔を上げてもらえませんか」


 いつまでも頭を下げられたままではどうにもならず、とりあえず姿勢を戻すようにと声をかける。だが簡単には顔を上げてくれない。再びサイモンへ助けてくれるようにと視線を送った。仕方がないと言った様子でサイモンは口を開いた。


「ブロンテ殿。頭を上げてもらえないだろうか。いつまでも頭を下げられていても話が進まない」


 サイモンが促してようやくヘザーの父親は背筋を伸ばした。ブロンテは平民としては裕福なようで、上品な服を着ていた。こうしてヘザーと並んでいるところを見れば、鼻と口がよく似ている。


 押さえつけられていた頭を解放されたヘザーは苛立たし気に乱れた髪を手櫛で直す。

 フェリシティが詰め所を最後に訪問してからヘザーはこの詰め所にずっと拘束されていたが、顔色もよく、髪も手入れが行き届いていた。詰め所にある一室に監視つきで閉じ込められて過ごしていたはずだが元気そうだ。


 その証拠に彼女は初対面の時と同じようにフェリシティを睨んでから、サイモンへと縋るような眼差しを向けた。擦り寄るような媚びた視線にますますサイモンの眉間のしわが寄る。


 二人の言葉のないやりとりに、フェリシティは無性に腹が立った。言葉がなくても分かり合えているような空気が特に嫌だ。


 悪感情が込み上げてきたが、気持ちを意識して落ち着かせる。


 彼女にしたらこれが最後のチャンスだ。大いに感情を揺さぶってくるつもりなのだろう。

 上手くいけば、離縁に追い込むことができる。サイモンに関して冷静でいられないフェリシティだ。売り言葉に買い言葉、乗せられてしまう可能性は捨てきれない。


 フェリシティはヘザーを見据え、姿勢を正した。ヘザーも挑むように見返してきた。


「この領地から追放する前にあなたにはきちんと伝えておきたいことがあるの。サイモンとわたしは愛し合っています。貴女がサイモンを思い通りにしようとしても、サイモンは離縁はしないし、貴女を助けない」

「サイモンがわたしを助けるのは当然のことなの。おばさまがそう決めたのよ」

「ヘザー! いい加減にしろ!」


 ヘザーの子供っぽい言い分に、ぎょっとしたブロンテが強く叱責した。父親の怒声にヘザーは不愉快そうに口元を歪めた。


「なんで、そんなに怒るのよ。おばさまはいつだって困ったらサイモンに頼りなさいと言っていたじゃない」


 どうやらサイモンの母親である男爵夫人が彼女のこの思い込みの原因のようだ。ブロンテは顔色をさらに悪くして、ヘザーを見た。


「お前、まさかずっとそう思ってサイモン殿に我儘を言っていたのか?」

「そうよ? 何が悪いの?」


 当然のように答えるヘザーにブロンテは頭を抱えた。


「確かにお前の母は貴族の娘だったかもしれない。それにべリック男爵夫人はお前の母の親友だ。だがお前は平民で、その壁は大きい」


 どうやら父親はまっとうな感覚を持っているようだ。微妙な空気が漂い出したとき、扉が開いた。自然と部屋にいる人たちの視線が扉の方へと向く。入ってきたのはミランだった。


「遅れてすまない。おや、もしかしたらもう決着はついたのかな?」

「いいえ。まだよ」

「そうか。間に合ってよかった」


 穏やかな口調で問われて、緩く首を振った。ミランは大きく扉を開けると、廊下にいる人を招き入れる。ミランが連れてきた人を見て、驚いてしまった。初めて会う相手であったが、間違いなくサイモンの血縁者だった。大きな体も顔つきもよく似ていた。サイモンも彼が入ってきたのを見て、固まっている。


「……兄上」

「久しいな。元気そうで何よりだ」

「どうしてここに?」

「コリンズ子爵から連絡をもらった。今回の騒動が母上のしでかした結果だと思えば放っておくこともできなくて、急いでこちらに来たんだ」


 サイモンの兄は少しだけ笑みを浮かべ、フェリシティに会釈する。フェリシティも慌てて膝を折った。簡易的であるが、貴族令嬢としての挨拶だ。名乗った方がいいだろうと思ったが、すぐにサイモンの背中に隠されてしまう。


「サイモン、挨拶をしないと」

「いらない」

「フェリシティ、挨拶はすべて片付いた後でいい」

「お兄さままで」


 フェリシティは不満だったが、ここから先は子爵家としての対応だとミランの目は言っていた。言いたいことはまだあったが、ミランが入ってきた時点でフェリシティの時間は終わりだ。仕方がなく大人しく黙った。


 ヘザーは突然やってきた二人の貴族にたじろいたが、すぐに自分を取り戻した。ヘザーの主張が間違っていないことを認めさせようと、サイモンの兄へ訴えた。


「お願いです。サイモンに離縁してわたしと結婚するように言ってください。それが正しいことだと」

「……ヘザー、母上は幼いころから君を気に入っていて、サイモンの嫁にしたかったのは事実だ。だが、君が他国の伯爵令息と駆け落ちした時点でこの話はなくなった」

「え?」

「サイモンは貴族位を継げないと言えども、男爵家の人間だ。駆け落ちという醜聞を作った女性と結婚させるなどありえない」


 ヘザーは理解できなかったのか、ぽかんとした表情だ。


「え、でも。おばさまはわたしのことをまだ気にしていてくれて、サイモンの居場所を教えてくれたのよ。駆け落ちは悪かったと思うけど、わたしも若かったから」

「何度も言うが、サイモンは貴族だ。平民を相手するように考えてもらっても困る。サイモンがもし結婚していなかったとしても、ヘザー、君が妻に選ばれることはない」

「そんなはずはない! だっておばさまはわたしが娘になる日を楽しみにしているって」

「駆け落ちする前なら母上も無理を通しただろうが……」


 肩をすくめてその先を言わなかったが、元々は無理な縁組だったようだ。ヘザーは視線を彷徨わせ、難しい表情のサイモンに縋った。


「お願いよ。サイモンからも何とか言って!」

「俺はフェリシティを愛している。彼女と結婚して、とても幸せだ。だからヘザー。今まで色々あったが、君の幸せを願っているよ」


 はっきりとした別れの言葉に、ヘザーは体を震わせた。


「じゃあ、わたしはどうしたらいいのよ」


 そんな呟きが聞こえたが、誰もが答えなかった。


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