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きっかけの日


「ねえ、あそこにいるの、サイモン殿じゃない?」


 一緒に買い物に来ていた兄の妻であるジェインに言われて振り返った。

 二人が歩いているこの通りは領都の繁華街に位置するため、沢山の人たちでにぎわっている。

 その雑踏の中、警備隊の制服をきちんと着たやたらと体格のいい男が見えた。特徴的なくすんだ銀髪を持ち、肩も胸もがっちりと分厚く、背が他の人よりも頭一つ分、高い。間違いなくフェリシティの夫だ。これだけ離れていても見間違うことはない。


「今日はとてもいい日だわ。きっと神さまがわたしにご褒美をくださったのね」


 夫の素敵な姿を見てフェリシティは頬を染め、うっとりと笑った。ジェインは呆れたような眼差しを向けてくるが、こればかりは仕方がない。フェリシティにとって夫のサイモンはこの世で一番愛しい相手だ。誰よりもかっこよく、輝いて見える。たとえ他の人から人相の悪い筋肉熊と言われていようと。


「本当に相変わらずね。あんな面白みもない寡黙人間のどこがいいのかしら。いつも思うけど、貴女が一方的に話しているだけで会話なんて成立していないじゃない。一緒にいて楽しいの?」

「失礼ね。ちゃんと反応してくれているわよ。悲しい時には少し目が辛そうに細くなるし、面白い時には口元がちょっとだけ歪むの。そのちょっとした反応が可愛いのよ。それに不意打ちでキスすると、耳を赤くするのよ」

「……貴女が幸せならいいのだけど。それでどうするの? 声を掛けていく?」


 どうしようかしら、と悩んでいるうちにサイモンが一人ではないことに気がついた。この国では比較的多い薄茶色の髪を持つ女性が一生懸命に何やら夫に話しかけていた。

 サイモンはどことなく面倒くさそうで、それでも丁寧に対応している。彼は第三警備隊の隊長なので、よく色々な相談を受ける。困った人の相手をするのも彼の仕事だとわかっているが、女性の馴れ馴れしさにフェリシティはくっきりと眉を寄せた。

 不愉快に思ったのはジェインも同じだったらしく、じっと二人を見つめていた。


「あの方……見たことのない女性ね。少なくとも我が領地に住んでいる人間ではないようね」

「そうね。外からやってきたばかりで、勝手がわからないのかも。サイモンは警備隊の服を着ているし、声を掛けやすいわ」


 この領都は国でも主要な場所で王都へとつなぐ道の一つになっているため、非常に栄えている。子爵領の警備隊は第三まで存在し、治安維持の他、住人たちの色々な相談事も請け負っていた。


 治安維持には力を入れているおかげで出入りが多い割にはとても治安が良く、平和なのだ。街の住人達も警備隊とは距離が近く、情報共有したり、差し入れをしたりと非常に仲が良い。


 その警備隊の隊長をしているのだから、サイモンの人気は非常に高い。人気と言っても人を選ぶ強面のため、年配者が多いのだが。既婚者以外の若い女性が彼に声を掛けているところは見たことがなかった。


「寡黙だけど、確かに誠実よね。こちらとしては助かっているけど」

「……声を掛けるのはやめておくわ。このまま予定通り、詰め所に行って荷物を預けてくる」

「そう。じゃあ、わたしはここで失礼するわ。たまには実家にも顔を出しなさいね。お義父さまもお義母さまもミランも貴女が顔を出さないから寂しがっているわ。嫁に行っても貴女はコリンズ子爵家の娘なのだから」


 曖昧に笑ったフェリシティにジェインはさらに言葉を重ねようとしたが、思い直したのかため息をついた。


「ちゃんとそのうち顔を出すわ。でも、お父さまもお兄さまも根掘り葉掘り聞くんですもの。お母さまとお義姉さまは味方してくれるけど……。わたしたち、新婚なのよ? 嫌になっちゃう」


 そうぼやけば、ジェインは笑った。


「そう言いながらも負けていないじゃない。いつだってのろけ話ばかりしていて! ミランのあの悲壮感漂う顔ったら……!」

「お兄さまはなんであんなにもサイモンに難癖をつけるのかしら?」

「貴女の話と現実を照らし合わせれば、心配になるわよ」


 意味が分からず首をかしげる。のろけ話を聞いて何を心配するのか、さっぱりわからない。


「あのね、貴女はデレデレになっているけれど、サイモン殿はそう見えないもの。いつだって無表情でむすっとしているし。はっきり言って、貴女を愛していると思えないのよ」

「愛しているように見えない?」

「ええ。まったく」


 きっぱりと言い切られて流石のフェリシティも項垂れた。ジェインの言葉はぐさりと彼女の胸に突き刺さった。


「そうよね、普通はそう思うのよね。もっと周りが見えないぐらいデレてもいいと思うのだけど」

「サイモン殿の甘い顔なんて、少しも想像ができないわね」

「二人の時はちゃんと甘い顔している……はずよ」

「本当に? 気のせいじゃないの?」


 最後までくだらないことを真面目に話しながら、二人は別れた。確かに最近は実家から足が遠のいている。実家が暴走する前に一度、サイモンと一緒に顔を出した方がいいかと憂鬱に考えた。


 フェリシティはゆっくりと街中を歩き、領都の中央にある大きな建物に入る。役所を兼ねたこの場所は、領都で暮らすための手続きをする部署や治安の維持を務める警備隊が置かれていた。


 迷うことなく廊下を歩き、警備隊の詰め所の受付で足を止めた。開かれた扉を覗き込むようにして声を掛ける。


「こんにちは。誰かいる?」

「ああ、フェリシティ様。どうしました?」

「今日もサイモンは夜勤でしょう? いつものように着替えを持ってきたの」


 そう言いながら、手に持っていた荷物をネイトに見せた。ネイトは荒事ではなく、文官に近い仕事をしている。背は高いが、ひょろっとした体つきの彼は威圧感が少なく、声を掛けやすい。


 ネイトはフェリシティと荷物を交互に見て、不思議そうに首をかしげる。


「隊長、今日、夜勤でしたっけ?」

「そう聞いていたけど?」


 フェリシティもよくわからず首をかしげる。ネイトは悩みつつ、奥に引っ込んだ。そして手に紙を持って戻ってくる。ぱらぱらとめくっているのは勤務表のようだ。


「隊長の夜勤は変更になっています。なので、着替え、いりませんよ」

「そうだったの」

「訂正日が今日の午前中ですから、急に決まったのでしょう。こちらから連絡入れたらよかったですね。すみませんでした」

「謝らなくてもいいわ。買い物のついでに寄っただけだから。じゃあ、今日は夕飯がいるのね」


 夜勤で夜留守にされるよりは、急な変更でも帰って来てくれる方が嬉しい。思わず頬が緩んでにこにこしていると、彼はからからと笑った。


「フェリシティ様は本当に隊長が好きですね。見ている方がひどく胸焼けします」

「ふふふ。貴方も早く結婚しなさいな」

「したいです。本気で」


 急に暗くなったので、あれ? と首をかしげる。少し前には好きな女性と付き合いはじめたと嬉しそうだったのに。


「あ、もしかして、ふられたの?」

「随分とストレートですね! 少し気遣ってくださいよ!」

「ごめんなさい。今度、知り合いのお友達に声を掛けておくわ」

「いいです。今は放っておいてください。しばらく仕事に専念します」


 ネイトのあまりの落ち込みように、フェリシティは表情を曇らせた。


「本当に大丈夫?」

「ははは。大丈夫と言えば大丈夫、大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃない」


 訳の分からないことを言い出したので、買い物してきた荷物に手を突っ込んだ。手の感覚だけで漁り、目的の物を取り出した。


「こんなものでは慰めにならないと思うけど」


 そう言ってフェリシティは先ほど買ってきた果物を一つ、彼に差し出す。これから旬を迎える人気の果物だ。


「いいんですか?」

「もちろん。元気出してね」


 何故か泣き出した彼に苦笑しつつ、フェリシティは詰め所を後にした。



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