人質の王女
カテドラル城のエントランスは広くて煌びやかだ。各国から取り寄せた名画や骨董品が来客した人々を歓迎する。私はその一角の壁にもたれかかり目を閉じて佇んでいた。
先程、伝令が現れ街にドラゴンが現れたと報告があった。その場にいたローズ親衛隊は直ちに現場へと向かった。私以外。
私はローズ親衛隊のブルーローズ隊の隊長だ。ローズ親衛隊にはレッドローズとブルーローズの2種類ある。レッドローズは王の剣。ブルーローズは王の盾の役割がある。私はセメタリー国の王女でもある。私は人質としてこの城に滞在しているのだ。王女が捕らえられたらセメタリー人はカテドラルを攻撃出来ない。ある意味で私はセメタリーからカテドラルを守る盾という事になる。
人質だから城からは出られない。お飾りの隊長で内心笑えた。
暇を持て余した私はエントランスで暇を潰していたのだが、騒がしい声が響いてきた。
「ブルーノ! ブルーノはいるか!? ブルーノ!!」
きたきた。総隊長様に依存した王様が。
私の口角が僅かに上がる。
白髪の混じる焦げ茶の髪は丁寧に纏められ、頭の上には如何にも王様だと主張する金の王冠。瞳は不安げであまりにも弱々しい。
「叔父様? 如何なさいましたか?」
王の叫びで慌てて駆けつけて来たのは豪華なドレスを纏ったお姫様。ギリギリ縛れる長さのピンクブロンドの髪は1つに結ばれ、編み込みが施してある。強気に見える吊り気味の瞳の色は琥珀色。
王はお姫様に気がつくと落ち着きを見せた。
「……リリベルか。実はなお母様が危ないのだ。みてやってくれないか?」
「お母様が!?」
リリベル様は脇目も振らずに走り出した。王も後に続く。
良く走るお姫様だ。
私はゆっくりと後を追った。
行く場所は分かる。城の見取り図は頭に入ってる。恐らく城から脱出することは可能だ。だが、それはしない。ブルーノが何か企んでいる。それが分かるまでは此処に留まるつもりだ。
アンティーク調の壁紙が貼られた廊下を歩くと人だかりが見えた。メイドに護衛に側近までいる。
随分と賑やかだな。
無感動にそれに近づき人が溢れる部屋の中を覗く。皆顔色が悪い。
「結界が一瞬緩んだ」
「ドラゴンが来る」
……なるほど。
私は彼らを冷めた目で見た。
奥から宮廷魔術師の声が聞こえた。
「リリベル様。王妃様に魔力を分けて差し上げて下さい。このままでは結果がまた消えてしまいます!」
リリベル様の焦る声が聞こえた。
「今やってる! やってるのだけど出来ないの! どうしてっ!?」
私は部屋の中に踏み込んだ。怪訝な顔をする周りの愚かな人々。私を止めないのは何かを期待しているからだ。
反吐が出そうだ。
寝室に入り込むと、真っ青な顔で眠る王妃に手を握るリリベル様に私を睨む王。
「何故ここにいる!? 今すぐ出て行け!!」
……王妃の心配をするのは王とリリベル様だけか。他は結界の心配をするだけ。
側近が王を宥める。
「まあまあ。落ち着いてくだされ。ダシア様は心配して此処に来てくださったのです」
良く回る口だ。私にこの状況をどうにかして欲しいだけの癖に。
「むっ」
王はむすっとしたが私を無視して王妃に寄り添った。
私はリリベル様に近づき、王妃の手を私に貸して欲しいと伝えた。リリベル様は藁にもすがる想いで私に王妃の手を握らせた。王妃の手は痩せていた。
自分の身体を駆け巡る魔力を王妃へと流し王妃の中に流れる魔力の流れを調べた。私は衝撃を覚えた。魔力回路に流れるのは魔力ではなくもっと高質な力……生命力。魔力はすでに枯渇し、代わりに生命力を魔力の代わりに結界を発動していたのだ。
私は宮廷魔術師を睨む。
コイツは知っていて辞めさせなかったのだ。私が気付いたのに、宮廷魔術師が気付かない筈がない。
「今すぐに結界を解かせなければ、王妃は近いうちに身体ごと消滅する。何故、辞めさせない?」
宮廷魔術師は何を当たり前の事を聞くんだと眉を潜める。
「結界が消えれば数十万人もの民がドラゴンの脅威に晒されます。それにはダシア様も含まれますが?」
これだから保身の為に他人を犠牲にして当たり前の様に生きて来た連中は好かん。私も保身の為に王妃を犠牲にすると考えているのだろう。
違う。私はお前達とは違う。何もしないのは保身の為ではない。王妃の所為で自分の国が属国になったからだ。憎い王妃が消えようとどうでもいい。
「そうか。それは大変だ」
私はそう言い王妃から手を離した。
リリベル様はずっと自分の無力さを呪っていた。
「わたくしは何故、こんなにも役に立たないのですか。いつもあの時だって……」
兄はこの方を盟友だと信頼していた。だから、リリベル様の事は助けたい。私は何も言わずこの場から去った。今助言をしても、きっと無駄だ。それに、リリベル様の生命を危険に晒す時期が早まるだけだ。
心苦しい。兄ならきっと笑いながらリリベル様を助けられるのだろう。けど、戦争以来所在がわからない。生死すら不明だ。
……逢いたい。逢ってどうか私をまた呆れさせてほしい。