逃げたい衝動
一筋の希望が結局は思い込みだった。僕は暫く呆然としていた。
すると、優しいブルーノさんは気を利かせてこう提案してきた。
「もしかすると記憶が戻るかもしれません。1つ提案があるのですがよろしいですか?」
「提案ですか?」
今は藁にも縋りたい気分だった。
「私は今カテドラル王の親衛隊の総隊長を務めています。貴方を是非我が隊に入隊させたい。どうでしょう?」
「え? カテドラル王の親衛隊ですか?」
……あの子がブルーノさんの事をカテドラルの犬って言ってたけど、本当だったんだ。カテドラルに負けたセメタリー人な僕は正直言ってカテドラル王に良い印象は無い。
親衛隊ってそんな簡単になれるものかも疑問だったし僕は断ろうとした。だが……。
「貴方はここにずっと閉じ込められていたのではありませんか? ここの村人は全員記憶している筈ですが、貴方の事は今日初めて見ました」
まさにその通りなんです。全員記憶してるとか、出来る男の台詞をブルーノさんが言うとしっくりくる。僕は考えないといけない。この家にいるべきか否か。
「……」
「親衛隊には多くのセメタリー人が集まっています。もしかすると貴方を知ってる人がいるかもしれない。それに、貴方がセメタリー人としての矜持があるのなら、この現状をどうにかしたいと思いませんか?」
カテドラル王にセメタリー人が仕えているなんて信じ難い話だった。
矜持……プライドってやつだね。そんなもの僕には無いと思っていた。でも、こんな僕にも矜持ぐらいあるのかもしれない。
「貴方の居場所はここではない。共に道を切り開きましょう」
ブルーノさんの瞳は僕であって僕ではない何かを見つめていた気がした。
ブルーノさんが屋敷を去った後、僕は父を問い詰めた。何故嘘を付いたのだと。すると父は、「悪かった。ケビンが心配だったから嘘を吐いていた。許してほしい」と申し訳さそうに謝ってきた。
……心配って。僕より小さな子でも平然と外を出歩いていたのに、僕は駄目とか過保護すぎる。でも、まあこれからは外に出られるのなら許さない事も無いかな。我ながら父に甘いな。僕は当然もう、外に出れると思っていたのだ。
「じゃあこれからは外に出るから」
「それは駄目だ」
「は?」
「絶対に駄目だ!」
……親父。普段温厚な癖に何故この話題になると頑固で融通が効かないんだよ!?
「このクソ親父が!!」
頭に血が上った僕は父をまた部屋から締め出したのであった。




