異国の男性
異国の男性はとても親切な人だ。気分が悪くてしゃがみ込む僕を抱えて屋敷に運んでくれた。……そう。よりによって自宅だった。あの場に騒ぎを聞きつけた父が現れたのだ。
父は「どうして外にっ!? いやっそれよりもどうしたんだっ!? 体調でも悪いのかっ!?」と大混乱だった。
父が取り乱すから僕は余計に注目を浴びた。……本当、勘弁してよね。
自室の寝台に横になったので、暫くすると体調が回復した。嘘を吐いていた父に怒りを覚えた僕は父を部屋から締め出した。父も少しは罪悪感があるのか、反発せずに素直に従った。
異国の男性は僕の部屋の扉の傍らで僕のことを見守っている。心配してくれてるのはよく分かった。でも、僕は異国の男性の事を知らないんだよね。父が入室を許可してる事から予測すると、父はこの異国の男性の事を知ってるのだろう。その証拠に父は部屋を出る前に異国の男性にこそっと耳打ちをしていた。内容は残念ながら聞こえなかった。
異国の男性は僕の顔をじっと観察してくる。「瞳の色が違う?」とか意味不明な事をぶつぶつ言ってる。
こうして改めて異国の男性を正面から見ると、なるほどこれが「カッコいい」というやつか。残念ながら僕がカッコいい分類に入らない事がよく分かった。ストレートの長い艶やかな黒髪。黄色人種にも関わらず白い肌の上、すらりと伸びた手足。切れ長の黒い瞳は理知的である。背筋が真っ直ぐで姿勢が良い。服は兵隊の格好だ。それも隊長クラスが使ういい素材の生地だ。身体も服の上からだが細いながらしっかりと鍛えられてるのが良く分かる。
対して僕は背が大人の平均的な女性に届くかなってぐらいだし、髪は跳ねるし、目が大きいから賢そうに見えないし、鍛えてるのにも関わらずひょろひょろな体型だし……何だか悲しくなってきちゃった。もう比べるのはよそう。
僕はまずは運んでくれた礼をする事にした。
「ここまで運んでくれてありがとうございました」
寝台の上で上半身を上げただけの格好で申し訳ないけど、まだ少しふらつくのでこれで勘弁してほしい。謝罪の代わりに僕は頭を下げた。
異国の男性は慌てた。
「当然の事をしたまでです。だから、顔を上げて下さい。まだ、体調が悪いのでしょう?」
なんて、なんて良い人なんだ! 僕のような子供にも敬語だし、気を遣えるし、決めた。僕はこういう大人になってやる!
決意を新たにし、僕は勢いよく頭を上げる。まずは名前を聞きたい。
「僕の名前はケビン・ワードです。貴方の名前は?」
顎に手を当てて「……偽名」とぼそりと言われた気がした。僕は「え?」と聞き返すと、「あ、いえ。何でも無いです」と誤魔化された。
独り言が多い人だなぁ。きっと苦労してるんだね。大丈夫僕は少しおかしくても気にしないよ。
黒髪の男性は姿勢を正した。
「私の名は、ブルーノ・ブラウンです。以後お見知り置きください」
胸に片手を当てて綺麗にお辞儀された。これは、騎士の礼ってやつか。絵本でしか見た事がなかった。騎士に憧れていた僕はちょっとだけ感動した。
へー。名前は異国って感じじゃないね。散々心の中で異国異国って連発してたけど、実は異国じゃなかったりして……。
「セメタリー人なんですか?」
案の定、首を横に振る。
「いえ、名前だけかつての主人に頂きました。ご覧の通り私はセメタリー人でもカテドラル人でもありません。ここから遥か遠くの国から両親と共に移り住みました」
「ご両親は何処に?」
何気なく聞いただけだったが、ブルーノさんの顔が曇った。
「……もういません。先の戦争で亡くなりました」
うわあああ! 僕の馬鹿馬鹿! もっと考えて慎重に聞くんだった!
「思い出させてしまいごめんなさい」
ブルーノさんがまた慌てだしました。なんか「貴方の方がっ!……あっいえ何でもありません」とか意味深な台詞を言った。
この人、絶対に昔の僕の事知ってるんじゃないかと思えてきた。
「ブルーノさん。単刀直入に聞きます。昔僕と会った事があるんですか? その……変な話かもしれませんが、僕には戦争までの記憶が無いんです」
僕は緊張した。ブルーノさんがもし僕の知り合いであったのなら、何か記憶を取り戻せる方法を知ってるのかもしれない。記憶が無いって状況は正直なところ不気味で怖い。
「……残念ながら、私達は今日初めて出会いました。お役に立てず申し訳ない」
「……そう……ですか」
僕は落胆した。