嘘と現実
僕の人生の転機は今からかれこれ一ヶ月前の事。
僕はいつものように屋敷の庭で精霊魔法……この他に魔法の種類は無いから「魔法」って呼ぶね。魔法の練習をしていた。精霊学教授である父から教わる事が殆どであったが、その日は村の結界が緩んでるという事で父は家を留守にしていた。
結界についても説明すると、まあ僕は書物でしか知らないけど、この世界にはドラゴンという硬い鱗を持ち毒の炎を吐く人に害を成す生き物がいる。そのドラゴンの脅威から守ってくれるのが結界だ。結界は偉大なる精霊使いカテドラル国の王妃ベルティナにより貼られている。
ベルティナはここからずっと離れたカテドラルの王都エディフィスに住んでいる。この村とはそもそも国が違う。ここはカテドラル国の属国セメタリー国だ。カテドラル国の国境に近い村だが、結界がここまで貼られるのは幾ら何でも広範囲すぎやしないかと皆思うだろう。そもそも国ごと結界を貼っているのだ。通常なら偉大なる精霊使いといえども無茶な事だ。それを可能にしたのが父が開発した精霊魔法制御装置だ。精霊石を町や村に設置し、ベルティナの魔力をその装置を利用し流す。それで結界が貼られるのだ。……良く分かんなかったよね。説明してる僕も全然分かんない。
結界の話はこのぐらいにして、僕はずっと信じていた事がある。子供は家の外には出ては行けない。セメタリー人の子がカテドラル人に見付かれば連れ去られて奴隷にされるって父に教わっていた。11歳からの4年間も屋敷でずっと過ごしてたからそれが当たり前だと疑問にも思わなかった訳だけど……。
「わー! いつもは結界あるけど今日はないー! 何でー?」
塀を登る小さな侵入者が現れたのであった。僕にとっては天地がひっかえる程の衝撃であった。僕より小さなセメタリー人の子供が外を出歩いてる。まず僕は心配した。
「君! 危ないよ! カテドラル人に見つかる前に家に帰るんだ!」
「わー! 綺麗なお兄ちゃんだー! ほら見て見て!」
こっちは心配で気が気でないってのに、その子は他の子も呼んだ。……他の子も外に出ていたのだ。僕よりも小さいのにだ。
「おいっ! 引っ張るなって! うわっ! 見た事ない奴だ! ひょろっちい奴!」
好き勝手に人の容姿を評価された。貶されたのは生まれて初めてかもしれない。父や母、使用人達は僕の金髪は美しいだの、空色の瞳は澄んでるだの、肌が雪のようだとベタ褒めするのだ。
容姿については置いとくとして、何で二人は平然と外にいるのだ? 怖くないのか?
「……君達。外に出歩いて親御さんに叱られないの?」
子供達は顔を見合わしてキョトンとした。え……何その反応……。僕はとっても嫌な予感がした。
「「何で叱られるの?」」
その後の事はよく覚えてない。気がつくと屋敷の外に出ていた。
「兄ちゃん! 見てみろよ! あれがカテドラルの犬らしいぜ! 父ちゃんが言ってた!」
初めて見る村の景色に驚く気力もなく僕はただ子供が指す方を眺めた。村の出入り口らしき場所には人だかりが出来ていた。村人は殺気だち黒髪の異国の男性を囲んでいた。
「何で結界が緩んだ!? セメタリー人を結局は見捨てるつもりって事か!?」
「……そんなことは決してございません。私は皆様を御守りする為にこうして馳せ参じたまでです」
異国の民だとは思えない程丁寧で流麗な言葉を発する。僕はその黒髪の男性を見て、何故か親近感を覚え足が勝手に動いた。
村人に囲まれて僕の事には気付かなくってもおかしくはない状況の中、異国の男性は近づく僕の存在に気付いた。黒い瞳と目が合う。心が懐かしい何かに震えた。異国の男性が僕を見て驚く。
「……あなたは!?」
自然と周りの視線が僕に向けられた。「あの子は誰だ?」と騒がしくなる。
僕には11歳以前の記憶がない。父曰く、当時起こったセメタリーとカセドラルの戦争の混乱で僕はカセドラル人に頭を強く殴られ記憶が無くなったそうだ。セメタリー人の子はカセドラル人に見付かれば奴隷にされるという話が嘘と分かった今その話も嘘ではないかと疑問だ。もしかしたら、この異国の男性は11歳以前の僕のことを知っているのかもしれない。
異国の男性に聴きたかったのだが……。引きこもりである僕に、多くの人の視線が向けられた。僕は対人による免疫は低かったのであろう。頭痛がした。吐き気がした。……ぎぼじわるいぃ。
「大丈夫ですか!? 誰か休む場所を!」




