§1 世界の終わりの日 水流
これで第一話終わりです。
「あのさ、蘭......。知らない人を家に上げちゃダメだろ?」
リビングに入るや否や、俺は蘭を軽く問い詰める。
「おにいちゃんの友達なんでしょ?あのね、イケメンのおにいちゃん、おうち無いんだよ?今日も明日もホテルに泊まるんだって。そんなの家計に優しくないよね、おにいちゃん?」
うるうるした上目遣いの栗色のクリッと丸い瞳。この顔をされては兄に為すすべはなく、
「もういいよ。とりあえず今日はうちに泊まってくれ。」
大体家計なんて今年中学2年の女の子が発する言葉ではないだろう。それに、侵略者さんにはスーパーゴージャスなスイートルームが用意されているに決まっている。
ただ、この少女が納得するには十分の理由たり得たらしい。何より寂しがり屋の蘭にとって、この寂しそうな黒い影や人情を感じない紅い瞳は同情を誘う。
「今宵はこの小さなコックがご馳走だと言っていたぞ。迅、喜べ。」
「はぁ......。」
おそらく侵略者さん歓迎パーティだろう。世界で初めて開催される彼の歓迎パーティの会場がまさかうちになるとは思いもしなかった。明日も中野外務大臣が来られるなら、これは報告しなければならない案件だ。
「今日はカレーにハンバーグだよ!そうだおにいちゃん、アリスおねえちゃんも呼ぼうよ!みんなでパーティしたい!」
「おい、それは......。」
午前、そして午後の出来事が脳裏をよぎった。彼女が来客を知れば、その誘いを受けるはずがない。ただ......。
「それはいい!迅、呼べ。」
案の定、加害者さん本人はノリノリというわけだ。
「あのなお前ら、アリスは......。」
「呼べ。」
視線がこちらを刺す。この紅いレーザーは俺にとって効果ばつぐんなのだろう。逆らう気力は失せた。
「とりあえず電話かけるだけ、な?」
自分に言い聞かせるように超便利ウェアラブルデバイス、LINKSに五条アリスに電話したいという脳波を送信し、LINKSが発信する。
ーー急にどしたの?
「えっとだな......ア、アリス、今日うちで晩飯食わねえか?」
ーーえ!いいの?まだ作ってなかったから助かるわぁ。
新都は科学技術の島。研究所の新設に伴い呼ばれた研究者と一緒に連れてこられたその子息は、夜通し研究に没頭する親の影響で、晩御飯を一人で作り、食べることも少なくない。うちもそうだが、アリスは特に一人であることが多く、うちの晩御飯に誘う会は定期的に開催される。
ただ、今日、今日だけは......。
「あのな、今日はちょっとしたパーティで......。」
沈む俺と対照的に、彼女の陽光が顔を出す。
ーーパーティ?じゃあご馳走なの?すぐ行く!」
『会話が終了されました』
聞く耳を持たない。
一般に、食事前の人間は気が短いのだ。
「おい......。」
この後巻き込まれるであろう修羅場を想像しただけで、胃が痛い。
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「で、コイツがいることを言わずにアタシを誘ったと。」
「俺は言おうとしたって。」
「言ってない。」
これをパーティと誰が呼ぶのだろう。俺の向かいの席に陣取ったアリスが、怒りを通り越して呆れのような表情で俺を見つめる。
続けて、わざわざ一番距離が遠くなるよう対角線上に配置させた加害者さんの方をじっと見る。
「アタシは歓迎なんてしないから。」
「共に食卓を囲えて光栄だ。これ以上の歓迎があるか?フフッ。」
やはり彼はアリスにはいい笑顔を向ける。その紅い瞳に、一切の悪意を感じない。
「みんな今日はパーティだよ!怖い顔する人はハンバーグ抜きだから!」
俺から見て対角線上、アリスの隣に陣取った蘭がやや紅く火照った頰を膨らませる。......ごめんな、蘭。
「悪いなコックの娘。いただきます、だな?」
「うん!いただきます!」
アリスも向かいの俺と目が合い、一旦落ち着いたのか静かに手を合わせる。
歓迎パーティは主に蘭が本日の主役に立て続けに質問し、彼が答えるという形で行われた。向こうでは何をしていたのか、好きな食べ物は、恋人はいるのかーー。侵略者である彼が正直に答えているようにはとても見えず、興味のない会話が続いた。
ただ一つ、気になることがあった。用事で先に帰ったはずの彼がどうして我が家に行き着いたのか。用事とは一体何だったのだろうか。画面の向こうで幾度と見た黒い衣の裾に、うっすら砂が付いている。この服を間近で見たことはこれまでないが、新しい汚れのような気がした。
食べ始めてから初めて俺は声を発する。
「なあ、さっきまでどこにいたんだ?」
カラン。
箸が落ちる。鋭い紅い光が真横の俺を刺す。その視線は一瞬俺の背筋を冷やしたが、彼は箸を拾うと瞬く間に落ち着いた顔に戻る。箸を置き、口を開く。
「少し運動だ。人界のスポーツとやらを体験していた。」
当たり障りのない答え。これにはきっと裏がある。ただ、これ以上詮索すると自分の身に危険が及ぶーー。予感が逸る気持ちを今は抑えた。
「砂付いてるし食ったら先風呂入れよ。」
「助かる。」
蘭が思いついたように栗色の瞳を光らせ、提案する。
「アリスおねえちゃんも今日泊まっていかない?」
「アタシはいいや。荷物うちに置いてきちゃったし。」
同じ空間で寝れば襲われるーー。そんな無言のメッセージが、ウェアラブルデバイスを介さず直接俺の脳に受信された。俺は無言の笑みを送信する。
「そっかぁ......。じゃあ今日はおにいちゃんもイケメンのおにいちゃんも一緒に寝よ?」
パーティの終わりに名残惜しさを感じたのだろう。夜はまだまだ長い。
新学期の初日は人生で最も長い一日であった。川の字に敷いた布団の上で、一日の出来事を整理しながら時折蘭の話に耳を傾ける。川の対岸、イケメンの方のおにいちゃんが蘭の話に時折笑みを浮かべ、気がつけばとても安らかな顔で眠りについていた。
イケメンじゃなくて悪かったな。蘭にアリス、そしてこの世界ーー。
俺の周りからあらゆるものを奪われるような気がした。向こう岸の穏やかな様子とは対照的に、こちらの岸は夜更けまで落ち着くことはなかった。
気がつけば俺は隣の水流を手繰り寄せ、念ずるようにぎゅっと抱きしめていた。この時間を失いたくない。
刹那、川の流れがピタッと止まったような、そんな気がした。
今後ともペース緩めず連載していきますので、応援よろしくお願いします!