§1 世界の終わりの日 最悪のシナリオ
久しぶりの投稿となりましたが、プロット練り直しができたため、これからは途切れず投稿していきたいと思っております!
本日は学期初日ということで、五限はロングホームルーム。議題はまず、クラス委員の決定である。
男子は満場一致で聖護院劉が選出され、女子は朝からミニスカートで回し蹴りをしてパンツをご開帳してしまった五条アリスが立候補し、信任となった。どちらもリーダーシップがあり、人気も高い。俺としては仲のいい二人なので、普通ならクラスでの平穏が約束されてため息の一つくらいは吐いたであろう。
その後も、続々と委員が決まっていく。俺はいつも通り放送委員になり、隣の侵略者もとい転校生は何をしでかすかわからないので、彼には何も入らないように勧めた。
「続いて、球技大会のチーム決めを行います。今年は男女ともに、初日がソフトボールとバスケ、二日目がテニスとフットサルをするそうなので、各自初日と二日目それぞれについて、出たい方に立候補してください。」
爽やかイケメンの爽やかボイスで進行される二年A組。
「俺絶対バスケ〜」
「じゃあ俺も!」
「いやお前は野球できるからソフトでろよ〜」
ガヤガヤと教室中が浮つきはじめる。
「アンタらうるさい!黙れ!」
そして、騒がしくなったらこの甲高い怒号で締まる。まったくもっていいクラス、いい学級委員コンビである。
「あの女、このクラスの女王か何かか?」
「かもな。アリスのやつ、また怖くなってら。」
ギロッ。
悪寒がした。
「あのさぁ、一乗寺くん、黒羽根くん。さっき黙ってって言ったよねぇ?どうする?黙る?それとももう一回回し蹴りされる?」
アリスが俺のことを苗字で呼ぶときは本当に怒っているときだ。こうなると怖いどころの騒ぎではなくなるので、俺は黙って顔を伏せる。
「女、まったく貴様は興味深いな。我の愛人にならないか。」
先日世界を震撼させた侵略者のガチトーンでの告白に、クラス中が静まり返る。
どうせアリスのことだ、断る以前にキレるだろう。まさに一触即発の形相を呈していた。
ただ、今日一日この侵略者さんに振り回されたおかげか彼の言動にあまり恐ろしさを感じなくなってきた俺は、冷静に二人を見つめる。
「......ざけんなょ。」
シュンッ!
バンッ!
鬼の形相で右前髪を留めていたピンを外し、思いっきり放ったアリス。ターゲットは視線の先の他ならぬ彼だったはずなのに、無傷で微笑む侵略者さん。彼の視線の先には、無惨にも亀裂が入り、ピンが刺さった板書用大型ディスプレイ。
テレビで見たあの光景。ホワイトハウスで発砲した人々が一人また一人と倒れていったあの反射だ。
「い......いや......。」
状況を理解したアリスの目から涙が止まらなくなった。腰が抜けて崩れ落ちる。
一般的に強気な女の子というのは、壊してはいけない防波堤のような部分が壊れると、一気に崩れ落ちるものなのだ。
「うそ......やめて......やだ......。」
「黒羽根くん、アリスちゃんもこの通りだ、もうやめないか。」
「女、俺の愛人にならないか。」
劉の静止に聞く耳を持たず、再び問いかける。この愛人問題に世界の運命がかかっているかもしれない。そんな真剣な提案の様に感じた。
それでも俺には、少なくとも俺にとっては、そんなことより生まれたときから知っている彼女の身の方が大切だった。
「残念ながらお前はフラれたんだよ。とりあえずホームルームの進行ができないから今は諦めろ。」
口走ったのは、侵略者さんへの二度目の命令形だった。
「フラれた......私が?やはり貴様は面白い。ようやく退屈から逃れられそうだ。」
「......ちっとは反省しろよ。」
俺の口からボソッと出たが、彼の耳には届かなかったらしい。
泣きやまないアリスの退室後落ち着きを取り戻した教室では、球技大会の種目決めが再開される。
数分が経ち、ぽつぽつ決まりはじめたところで侵略者さんがフラッと席を立つ。凍りつく教室。彼には自分の一挙手一投足が世界中を震えさせることを理解してほしい。
「もうこんな時間か。迅、悪いがこの後用事があるので帰らせてもらう。球技大会の種目だが、貴様らが死なないものを選んでおいてくれ。せっかくできた学友を殺したくはないのでね。」
「おう。」
バサッと羽を揺らし、颯爽と教室を前から出ていく。
さらに十数分後、アリスの様子も落ち着き、教室に戻ってきた。ディスプレイからピンを抜くと、ディスプレイがすぐに自動修復。終わってみれば、今年度初のホームルームは予定通りの進捗を見せていた。
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「久しぶりの学校つっかれた〜!凛ね、今日アイスクリーム食べたい!」
「アンタ寒くないの?」
凛とアリス、そして二人の掛け合いを久しぶりに見れて微笑ましく思う俺と劉。久しぶりの四人での下校である。当校では、多様な学問を修めるためだの、文化の多様性だの言って、部活動は特に推奨されていない。そういうわけで、大半の学生は放課後に徒然なるままに寄り道するのである。
なお、当校は『科学技術』学園を名乗っているだけあって、盛んに実験が行われている。
そもそも、当校が建つ新都自体が、今の総理大臣、永田氏が約二十年前に立案、世界中の科学者を寄せ集めてできた東京ドーム約二百個分の人工島。研究者の方がその他労働者よりも多い。
例えばこのシティエリア・メインストリートにはアイスクリーム屋のような飲食店や専門店が立ち並ぶが、その一本隣に逸れると、人工知能を専門とする企業のラボが立ち並んでいるらしい。放課後にこういった企業の実験を手伝うバイトをしている生徒は非常に多い。
「迅、君は今日バイトないのか?」
かくいう俺もその一人。俺はゲーム会社のバイトで、実際にARウェアラブルデバイス用位置情報ゲーム『ガーディアン』のプレイヤーとしてゲームに参加しながら問題点を報告するという、ゲーマーには非常に有難いお仕事をさせていただいている。
「もうやってる。おっ、ポイント奪われた。行ってくる!」
「まったく。久しぶりの友人との下校だというのに。君はいっつも冷めてるね。」
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呆れる劉を横目に、奪われたポイント、メインストリートコンサートホール前へと急行する。ポイントへ到着し次第スッと右手を前に出し、ポイントを奪った側である赤チームの、自分の身長の倍はあろう大型の守護者アバターの後頭部に向ける。脳内で射出される光の矢をイメージ。
シュイン。シュイン。
光の矢はまっすぐとその大きな守護者の脳天を貫き、まず一体撃破。
『ヘッドショット +500p ワンショット +1000p』
不意打ちによりあっさり一体目は倒せたとはいえ、コンサートホール前ポイントのサイズは18。つまり残り17体も先ほどの大男を相手しなければならない。それも、すでに俺に気付いて敵意を向けている相手を。
「ヴォォォォ!」
時計回りにホール外周を走り始めた俺に正面に、鼻息を荒げながら右腕を振り下ろす大男。急に方向転換してその鉄槌の如き一撃をかわし、こちらは手中に白い弾丸をイメージし、右腕を振り下ろす。
フィーーーン!
見事に俺の照明弾は目の前の大男の視界を塞いだ。ここ一年で何千何万という照明弾を放ち、あげくの果てにハンドボール投げクラス三位を記録した俺の肩に狂いはない。もはやこのゲームが部活と化している。
スッ。スッスッ。
弓の音。守護者も一種類ではないのだ。圧倒的不利にも、怯まない。
「見えてんだよっ!」
シュイーーーン!
俺は照明弾に目を覆う目の前の大男に背を向け、初めに放ったのと同じ矢をため状態で放つ。弓の守護者の群れを必殺の光の矢で一蹴すると、取得ポイント数から視線を切り、先ほどの守護者にターゲットを戻し、左手にイメージした短剣を振り抜く。
視界左上、『ガーディアン』バトル画面を示すウェアラブルデバイスLINKSのタブに一瞬視線を。
ーー残り守護者数6/18。
俺のキル数は5。どうやら他のプレイヤーも駆けつけたらしく大幅に数が減っている。あと一体くらいは狩らないと、キル数トップが取れないかもしれない。
そう思った俺は更にスピードを上げ、コンサートホールを駆けた。
刹那、重低音が響く。
「グォォォォ!」
流石にテスターをやっているのだ。その辺の素人とは鍛え方が違う。LINKS画面のマップが検知するより前にグレネードをイメージし、声のする方向へ右腕を振る。キル数が8になったのを確認し、俺はコンサートホールを後にした。
これが俺の日常である。本日も『ガーディアン』バトルモードに異常なし。これを報告するだけで割りの良い給料を支給してくれるこの仕事を手放したくはない。
このゲームの継続を祈りながら、アイスを買いに行ったであろう3人の元に帰る。
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「遅い!もうアイス溶けきたんだけど。」
メインストリートのアリスクリーム屋台前に戻ると、アリスが小さくなったアイスクリームと、表面がベタついたアイスクリームのコーン二本を持ち、俺に愚痴垂れる。
「悪い。お金、いくらだった?」
ベタついた方を受け取りながら、左手を差し出して送金の体制に入る。
右手が新体力テストで活躍した学園特製マイクロチップであるのに対し、左手は汎用チップ。昔はスマートウォッチなどと言われていたものの名残か、利き手と逆の手の甲に埋め込まれるのが一般的である。
しかし、アリスは左手を出さない。代わりに出たのは思いがけぬ言葉だった。
「今日は奢りでいいわ。......えっと、助けてもらったお礼というか......あーもう!早く食べろ!」
その言葉の続きが聞けなかったことは何とも心残りであるが、結果的にアリスの金で食べることができたアイスクリームは何より甘く、美味しかった。
今年度初の買い食いも終え、今年度初ラッシュももう終わり。気がつけば午後六時。学校が早く終わったにも関わらず、久しぶりに会えた四人で話し込んでしまった。
そこは侵略者さんも『ガーディアン』の守護者も踏み込む隙のない、四人の時間だった。
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「ただいまー。」
家に着けば午後六時半。ドアの向こうからいい香り。今日はカレーだろう。少しばかり高まる気持ちを抑え、いつも通り大人しく靴を脱ぐ。
「おにいちゃんおかえり!」
「お邪魔している。」
リビングから響く、蘭の声と。侵略者の声。
「え?」
は?どうして侵略者さんの声がするんですか?
どうやら俺は、待ち受けていた最悪のシナリオを受け入れられなかった。黒翼の、黒衣に身を包んだ男が、薄暗いリビングの先に立つ。より際立って明るく光る真紅の双玉と視線がぶつかる。
自分より十センチほど高い視線が、開いた口が、結末を告げる。
「本日よりこの一乗寺家の居候となった、セレネー王国軍総司令官とか、黒翼の悪魔とか言われているものだ。フフッ。自己紹介は不要だな。迅。」
嘲笑うような視線は悪寒はもはや悪寒を呼び起こさず、感じたのはずっしり思い疲労感だった。
物語はいつもここから。