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黒魔導士の逆召喚(アンチサモン)  作者: 王立魔法図書館
シンギュラリティ
4/12

§1 世界の終わりの日 格の違い

ようやく一万字書きましたまじ卍

「遅いぞ。」


「申し訳ありません、総司令官殿。」


 校舎屋上のヘリポート。その乗降口から降りてくる人陰に、俺は戦慄した。

 若干前髪が後退した頭に、細くて穏やかな目。この男を俺は知っている。現役の中野外務大臣本人だ。


 そんな大臣をこき使う彼が、俺にはやはり悪魔にしか見えない。


「ナカノ、つべこべ言わずとっとと持ってこい。私は腹が減って気が短くなっているんだ。」


「左様。本日の昼食はこちらになります。」


 そう言って大臣のお付きと思しき人が両手で抱えて持ってきたのは、運動会に親戚一同で来る家の弁当か!と言わんばかりの四段の重箱。一体どんな待遇なんだ。


「ご苦労。唐揚げに、ハンバーグ、そしてステーキ。うん、悪くないな。」


 そう言ってVIP様が一段目を開けたが、まさに肉料理のオンパレード。あの肉が明らかに高いものであることは一目でわかる。あとの三段も高級料理の宝箱であることは間違いないだろう。


「そうだな、食事をする前に挨拶をする文化がこの国はあるな、迅。いただきます、だ。」


「お、おう。いただきます。」


 そう言って屋上の地面に腰を落とし、俺たちはそれぞれの弁当を開く。

 隣のVIP弁当は、二段目が餃子に焼売に麻婆豆腐......。中華の段か。三段目はオムレツにロールキャベツに...。洋食の段、でいいのか?そして最後の段には、ぎっしりと大きなネタの乗った寿司が詰められていた。子供の好きなものを思いついただけ詰め込んだようなその宝箱、一体合わせていくらするのだろうか。


「おい、さすがにこんなに食えねぇぞ、ナカノ。」


「残していただいて結構です。本日はどのお料理がお口に合うのか知りたくてこれだけ作らせたので。」


「アメリカで散々食っているの見ただろうが。バカか。」


 よく見ると、大臣の顔は汗びっしょり。それだけ恐れている。きっと彼らは俺たち学生以上に、国家、いや世界のピンチを意識しているのだ。俺ら学生にはまだその実感が沸いていない。

 

 そして当の本人は何処吹く風。重箱のオカズを片っ端から食べていく。半分ほど食べた頃だろうか。真紅の双玉はまたも俺の目を覗いていた。


「おい迅、貴様の昼飯、弁当ってやつだろ。食わせろ。」


 まさにお前のものは俺のもの、俺のものも俺のものとでも言わんばかりに、俺の弁当のオカズを要求してくる。仕方なく卵焼きを一切れ。


「一個だけな。」


「どうも。......はむっ。......ん?」


 その間は何だ。俺は妹の作った弁当が彼の肥えた舌に合わなかったのかと心配になり、グッと唾を飲む。


「......どうだ?」


「美味い。」


 彼の真紅の瞳が潤んだような気がした。

 きっと人界(こっち)に来てから家庭料理の類を食べることはなかったのだろう。侵略者とはいえ、魔界(むこう)には家族がいるだろう。ホームシックにもなるのかもしれない。顔を上げた侵略者さんは、俺に目を丸く見開いてねだる。


「もう一個、もう一個だけくれないか。」


「やだよ。俺の昼飯が足りない。」


「私の昼食を好きなだけ食べていいから!これは取引だ!」


 料理の宝箱を俺に差し出す。動揺した俺は、中野外務大臣の細目に目線をやる。大臣の無言の了承を確認し、俺は取引を受けた。


「......ほらよ。じゃあ遠慮なくいただくぜ。」


 美味しそうに食べている彼を見ていると、人類を隷従させようとする悪い侵略者には見えない。


 ーーただ、これが人界と魔界の間でなされた初めての平等な取引だったと、のちに中野外務大臣から告げられることになる。


「俺もう腹一杯だ。次体育なんだしこれ以上は無理。」


「そうか。私も満足した。ナカノ、余りはお前らで食え。あと、明日から昼飯はもういいぞ。」


「左様ですか。かしこまりました。それでは。」


 そう言うと、残飯処理を任された大臣は俺に微笑みかけ、校舎を去った。


「迅、先ほどの弁当、明日からもう一つ作れ。」


「あのなぁ。これは俺じゃなくて妹が作ってるんだよ。そんな都合よく......。」


「ほう、貴様の妹、いい腕をしているな。よし、今日会わせろ。授業が終わったら、貴様の家に行く。」


「そっか。家に......家に?はぁ?」


「よろしくな。」


 いつもの高圧的な姿勢での命令ではなく、子供のような笑顔。これはこれで断れないな。


 確かに、どこかの腕利きの料理人達が作った高級弁当はびっくりするほど美味かった。それでも、俺は毎日食べている妹の料理の方が好きだし、こう絶賛されると悪い気はしなかった。


ーーーーーーーー


「計測は各自ペアを作ってやるように。女子はまず体育館種目、男子は屋外種目から計測する。5分後に開始するから急いで移動しろ!」

 

 ゴリラ体育教師の鹿ケ谷(ししがたに)がいつも通り偉そうに指示すると、みんな大嫌い新体力テストの幕開け。科学技術の発展を記念してこの新都に建てられた学園だというのに、もう一世紀近く続くこの科学的根拠のないスポーツテストを例年伝統のように行うことは、この学園の七不思議のうちの一つである。


 創立十年そこらのこの綺麗な学校に伝統もクソもないというのに。


「迅、組め。」


 はいはい、どうせ俺の仕事ですよどうせ。

 例外的に人当たりの良い劉みたいなのは別として、あの侵略者さんと二人で昼飯を食べた俺と、クラスの男子達との距離感が急に遠くなった感じがした。割とくるものがある。


「はいよ。まずはハンドボール投げでいいかな。おい劉、お前のとこも一緒に行かないか。」


「ありがとう。ちょうど何から測るか悩んでいたんだよ。」


 とりあえず心強い味方を確保。このお人好しの存在は誰より心強い。ただ、隣のペアと思しき野球少年の今出川(いまでがわ)くんは、あんまりいい顔をしていない。


「あ、先生、黒羽根くんはマイクロチップが入っていないのですが、どうやって計測すればいいですか?」


 また超高度情報社会の結果一般的な事項になってしまったことを見落としかけていた。

 劉が指摘したのは、学生ごとに固有番号が割り振られたマイクロチップ。だいたい皆右手の脈を取る場所あたりに埋め込まれている、科学技術先進教育機関の技術の結晶である。その機能のすべては未だに明らかになっていないとまでいわれる万能計測器だ。


「そうだな。とりあえずハンドボール投げはデバイスのメモ帳機能にでも書いておけ。距離は5mラインを参考に目視で構わない。タイムを計測するものはストップウォッチ機能のあるものを適当に使え。」


「ありがとうございます。じゃあみんな行こっか。」


 そう言って劉は百戦錬磨の爽やかスマイルを見せると、振り返ってハンドボール投げの計測場所へ。なびく栗色の少しパーマがかった髪に、俺たちのペアと、今出川も着いていく。


 計測場所に着くと、すでに何人かの生徒が計測を終えていた。

 2年A組の計測は学園内で最も早く、ウェアラブルデバイス『LINKS』から学園内新体力テストランキングを開いても、しょっぱい記録が並んでいる。


「さて、格の違いを見せつけてやりますか!」


 昔から体育の授業だけ気合の入ってしまう俺を初めて見たからだろう、ペアとなった侵略者さんに鼻で笑われてしまった。

 別に今回は悪い気もせず、投擲サークルへ。サークル内に入ると、マイクロチップに人間には感じられないほどの微小な電流が流れ、『LINKS』から視界右上に「ハンドボール投げ」、右下に「残り2回」、そして左下に「0.00m」の文字が投影される。計測モードが自動で起動した。


「しゃぁらぁ!」


ビュッ!


 角度は35度くらい、空気抵抗を考えるとかなりベストな角度で真っすぐと伸びる。少し風で右に煽られたか。距離は悪くない。


『48.5m 暫定1位』


 この文字が計測場所にいる皆の視界に現れ、場がどよめく。


「一乗寺やるな。ただ、この競技で負けるつもりはないべ!」


「おい、今出川!」


 ペア制を差し置いて、(たか)ぶった今出川がサークル内へ。


ビューン。


 俺より速く、真っ直ぐな球は、伸びに伸びた。


『53.2m 暫定1位』


「やったべ。」


 したり顔で俺の方にピースしてくる今出川に少し腹が立ったが、負けは負け。潔く認め、俺は彼に賞賛の拍手を向ける。これが高校まで野球続けてる奴の実力というところだろうか。少年野球をかじっただけの俺とはモノが違う。


 ただ、このどよめきの中、一人苛立ちを隠せない奴がいた。何を隠そう、ペア制を無視され、順番待ちを強いられた俺の相方である。


「貴様。私の番を抜かすとはいい度胸をしているな。」


「あ、ごめんだべ。つい負けたくなくってやっちまったべ!」


 坊主頭を掻いて俯く今出川。


「まあこの場で一番投擲が上手いのは貴様だろうから、この度は見逃してやる。ただ、『見させて』もらった。それと迅、格の違いというのは、こういうことを言うのだ。見ておけ。フフッ。」


 そう言うと、皆の背筋がピンと伸びた。その嘲笑うような紅い光に、久しぶりに悪寒がした。一層禍々しくなったオーラを放つ。静まる計測場所の中央のサークルに彼が立ち、振りかぶり、投げた。


シューーーン!

 

 今出川の人影を空見した。そのしなやかに曲がる右腕、真っ直ぐな弾道。

 ただ、なにより速度が違った。回転数が違った。閃光はトラックを突き抜け、サークルから反対側のトラックのさらに向こうのフェンスへと消えていった。


「計測......不能か?フハハ。」


 そう言って俺にメモするよう支持する相方は、やはり圧倒的な力をもつ侵略者だった。


 それから先、俺は自分の記憶を覚えていないし、四限の英語も何も覚えていない。劉と今出川ら、彼の力を見せつけられた男子は皆、ただただ彼の記録に度肝を抜かれ続けた。

 長座体前屈85cm以外はすべて計測不能。文句無しのオール10点、ダントツの総合順位1位だった。


 この結果は先生から中野外務大臣へと連絡され、国際会議にて取り上げられたらしい。先のシンギュラリティーー科学技術の問題解決能力が人間を超えた瞬間ーー以来の、人間の役割、力関係を考え直す機会がこの一つの授業から始まったとされているのだから、どれだけ恐ろしい結果だったことか。


 ーー人型のロボットは極力生産せず、工業を支える大型ロボットや移動手段、国民の健康文化的な生活を支えるナノマシンやウェアラブルデバイスの生産に勤めるーー。

 そんなシンギュラリティ後の世界の方針で人間の主体的な生活をなんとか守ってきたこの世界に、今一度戦慄が走った。

次回、疾走感溢れる帰宅!

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