彩夜と鞠花のはなし2 前編
こんばんは。頸華です。
ここまでだいぶフワフワした感じで進めてきましたが、ここから出会い編やその後の話なども書いていこうと思います。本当はこの話も一話完結型にする予定だったのですが、一話に押し込むには長くなりすぎたので分けちゃいました。
文芸部というものには、大抵二種類の人間がいる。創作活動がしたいオタクと、とりあえずゆるい部活に所属したいリア充。そして、前者と後者は基本的に交わらない、はずだった。
「なんでこうなるかなあ……」
私は相手に聞こえないように呟いた。机上には、数枚のコピー用紙とスケッチブック。向かい側には少女が一人。
「よし、描けた! ねえめっちゃ良くない? これ私史上最高記録でしょ」
じゃーんっ! という効果音のもと見せられた絵は、まだまだ上手いとは言い難いものだった。無理やり表情筋を稼働させ、笑みを作って応じる。
「うん。最初よりは全然上手くなってるよ。添削するから、かして」
「やったー、褒められた!」
人の気も知らず無邪気に喜ぶ鞠花に、私は心の中で舌打ちをした。
§
そもそもの発端はひと月前である。
私は部誌に連載中の漫画の原稿を仕上げるべく、毎日のように最終下校時刻ぎりぎりまで学校に残って漫画を描いていた。連日暗くなってから帰宅するのは体力的に辛いものがあったが、この調子ならあと二日ほどで終わるだろう。
黙々とネームを下書きに仕上げていく。時折思い通りの絵が描けずに思い悩むこともあるが、比較的順調に進んでいた。
主人公の幼馴染の泣き顔を丹精込めて描きあげていた時、近づいてくる足音に気づかなかったわけではない。ただ、気に留める余地が無かっただけだ。
「しっつれいしまーーーす!」
普段一緒にいる仲間たちにしては、やけに騒がしく彼女は入室してきた。そこで初めて私は顔を上げて、空気を読まない来訪者の顔を見やる。
「お、柿沼さんみっけ。ラッキー!」
私の放つ冷たい視線を無視しているのか、はたまた気づいていないのか、彼女――鈴木鞠花は無遠慮に歩み寄ってきた。
その名前なら、文芸部の名簿に見たことがある。多分隣のクラスで、多分他校に彼氏がいる。もちろん今まで関わったことなんかない。髪は毛先がくるんと巻かれ、香水だかシャンプーだかの甘い匂いが漂い、スカートの裾は膝の十センチほど上にある。
早い話が、なんかチャラい。
「今日はね、柿沼さんにお願いがあって来たんだけど――」
「お願い?」
言うなり、鞠花は思い切り頭を下げた。その角度、概ね70度。面食らった私は、思わず椅子を引く。シャープペンシルが机から落下した。
「私に、絵の描き方を教えて下さいっ!」
しばし、沈黙。
「却下」
「わーありが……って、ええっ⁉︎ そんなー」
大げさにがっかりする鞠花。漫画かよ、とツッコみたくなるような反応だ。面倒なことになったと、私はため息をついた。
「状況見てよ。原稿、三日後までには仕上げなきゃいけないんだけど」
「いやいや、それ終わってからでぜんっぜん構いませんから。お願いします!」
シャープペンシルを拾い上げ、もう一度座りつつ素っ気なく返すも、まだまだ彼女が諦める気配はなかった。最早土下座しそうな勢いで頼み込んでくる。
「無理だって。人に教える技量も余裕もないから。はーい帰った帰った」
「こうなったら引き受けてくれるまで帰らないもん」
鞠花はすたすたと私の向かい側に回り、椅子を引っ張ってきて腰かけた。どうやらここに居座ろうというつもりらしい。
「はあ⁉︎ 迷惑だから!」
「私文芸部員だから、ここにいる権利あるよ」
「何もやらない人にここにいる権利もクソもないの! 帰って!」
「やだ」
「……」
暖簾に腕押し、糠に釘。そんな言葉が頭に浮かんだ。仕方なく腰を下ろし、原稿の続きをやり始める。どうせそのうち飽きて帰るだろう。こういうタイプは相手にしないに限るのだ。
ところがどっこい、鞠花は帰らなかった。
「あ、柿沼さーん。完全下校十分前だよ? そろそろ出ないとやばいじゃん」
「なんで帰んないの……」
「帰んないって言ったじゃん。あとなんだっけ、見て盗め? ってやつ、職人技のキホンじゃない?」
にっこお、とスマイル全開の鞠花に、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じる。
「あーもうやだ」
結局今までずっと、私の手元を覗き込んでいたのだ。驚くことに、何も言わず何もせず。やりづらいったらありゃしない。
画材の類を片付け、筆箱をカバンに突っ込む。やっと家に帰れる。今日はこんなこともあったし、勉強だって頑張らないで推しに癒されよう。
廊下を歩きながら、現在全力疾走中のイベントについて考える。今日のノルマは残り約一万ポイント。夕飯食べたあと、入浴まで走れば余裕でクリアできそうだ。
「ところで……なんでついて来てんの」
校門を出て数分。なぜか私の隣には、鼻歌を歌いながら歩く鞠花がいた。
「え? だって目的地駅なんだから一緒に行くしかないじゃん」
「……チッ」
「あ、柿沼さんって最寄駅どこ?」
「誰が教えるか」
「私K駅だよー」
「えっ」
「あっ同じ? やったー」
よりによって最寄駅までかぶっている。最悪すぎやしないか。バチが当たるようなことをした覚えはない。髪も染めず化粧もせずスカートも折らず酒も飲まずタバコも吸わず、ひたすら校則と法律を遵守して生きているはずだ。
電車に乗り込むと、満員ではないけれど席に座れない程度には混んでいた。つり革を掴むと、鞠花も隣に立つ。
二駅は無言のうちに過ぎていった。女子高生二人が、一緒にいるにも関わらずお喋りもせずただ突っ立っている。はたから見たらそれなりに異常な光景だ。その間、考え事をしていた私の頭には、ある一つの疑問が浮かんでいた。
「ねえ、鈴木さん」
「はいはーい、なあに?」
相変わらず軽い調子で、鞠花はスマホから顔を上げた。そのぴかぴかに磨かれている爪に、なんとなく目がいく。
「鈴木さんって、中学私と一緒だったっけ?」
最寄駅がK駅ということは、高確率で私が卒業した中学校の学区内に住んでいるはずだ。それなのに、私に高校以前に彼女を見かけた記憶はなかった。
「ああ、それかー」
大して気にも留めない様子で、彼女はスマホをカバンにしまう。
「私、中等部からN大附だからさ。でも多分、学区はK北中だと思うよ」
「そっか」
「ねえ」
そこで会話を終えようとした私を、鞠花はその一言で引き止めた。なに、と面倒ながらも応えると、
「今度は私が質問していいでしょ」
と笑顔で言う。
「……別にいいけど。何?」
「うん。そう言われるとあんま、聞くことないかも」
「なにそれ」
「えっとね、ちょっと待ってね」
整えられた眉をちょっと寄せ、くりっとした目で宙を見る鞠花。派手でウェイウェイしてるだけあって、やはり可愛い顔はしている。薔薇色の頬はメイクなのか、はたまた自前なのか。
「じゃあ、柿沼さんの好きなマンガを教えて」
「すっごーく無難かつすっごーく危ない質問をしてきたね」
「え、なにそれムジュン」
「まあいいや、私は善良なオタクだから」
脳内布教フォルダから一般人向けをチョイスする。ちゃ※とかなか※しとかで育ってそうな鞠花に、私のイチオシ漫画はハイレベルすぎる。下手に検索されても困るし。
「うーん……進※の巨人とか?」
「えっ、意外と普通。私もアニメ見てるよそれ」
「うそ、そっちの方が意外。リア充ってアニメ見る生き物だったっけ」
「なんでそんな別種の生命体みたいな……」
その時、まもなく目的の駅に着くことを知らせるアナウンスが流れた。私たちはどちらからともなく開くドアの近くに移動する。程なくして電車が止まり、私たちはホームに降り立った。私は東口だが、鞠花は西口の方に歩いていく。
「彩夜ちゃん、ばいばーい!」
手を振って、しかも馴れ馴れしく名前を呼ぶ彼女を無視して私は家に帰った。
ちなみに、彩夜と鞠花はこの話時点で高一、初登場時は高二です。