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真夜と乃亜のはなし

乃亜のあ


 見上げると、真夜まやが「にこにこ」しながら立っていた。三日月型に細まった目。マスクのせいで見えない口もと。キュッと掴まれた手首がじんじん痛い。ちょっと友達と話していただけなのに、この仕打ちはあんまりだ。でも、やめて離して、なんて言葉は私に許されていない。


「あ、真夜ちゃん……ごめんね、今行くから」

「教科書とか取ってきてくれない?」

「あ、うん。いいよ」


 私がそう言うと、真夜はようやく握りしめた手を離してくれた。どんくさいなりに、できる限り急いで二人分の移動教室の準備をしに行く。ついでに、ジャージの袖口のところをそっとめくってみた。すぐ消えるだろうけれど、手首は少し赤い跡になっていた。気づかれないようにそっとため息をついた。


「ねえ乃亜ーー、早くしてー?」


 ワークを探してぐずぐずしている私を、苛立ったように真夜が呼ぶ。ワークは諦めて、私は慌てて走っていった。


「ごめんごめん。行こ」


 聞くか聞かないかのうちに、真夜は私をおいて歩き出した。身長差が二十センチもあるのはわかっているはずなのに、彼女は大股ですたすたと歩いて行ってしまう。脚の短い私は小走りでついていくので精一杯だ。


「そうだ、昨日のももぷりの新曲聞いた? もうぷりん君カッコよすぎるでしょ」


 真夜が言った。ももぷりというのは、私が好きなネットアイドルユニットだ。真夜は最近ハマった、とか言っていた。


「聞いたよ。すごかったよね、やっぱちるさんの作る曲はハズレがないや」

「あのさ、にゃー君のセリフのとこめっちゃ可愛くなかった? 囁き声やばすぎてぞわってした」

「だよね! あれはもう音フェチ動画でしょ」


 これだって、どうせ適当にファンのふりしてるだけなんだろう。にわかのくせに。私のせいでももぷりが侮辱されているようで、なんとなくモヤっとした。


「ていうかさー、一時間目から英語とかだるすぎでしょ。一日中音楽だったらいいのにー」

「ほんっとそうだよね。音楽と美術と、家庭科がずっとあればいいと思うんだけどなあ」

「あと体育も」

「え、体育は嫌だよ」

「乃亜は運動音痴だもんね」

「はっきり言うことないじゃん!」


 軽い調子で反論すると、真夜はふっと笑ってもみあげの髪を耳にかけた。そしてそれ以降、話しかけても来なかった。黙ったまま並んで歩く。うまく息ができないような気さえしてくる。

 私たちは、友達じゃない。お互いに絶対、そんなこと思ってない。


 真夜が突然話しかけてきたのは、去年の秋のことだった。趣味の話だとかを急にされて、いきなり家に誘われて、ゲームセンターに行くのに付き合わされた。不自然だとは思った。


 その意図を知ったのは、冬になってからのことである。真夜の「ターゲット」と乃亜とが仲良しだったから。あとは言わずもがな。趣味のように人を傷つけていく彼女の性質たちに気づいた頃には、もう後に戻れないところまで来てしまっていた。よくわからないまま一緒にいたことに悪寒がさした。


「あの二人引き離したら楽しそうじゃない?」


 一度だけ、なんでそんなことするのと尋ねたことがある。


「別に。強いて言うなら気に入らないからかな」


 あまりにも冷たい表情で、彼女は答えた。


 つまり結局のところ、真夜の支配欲求を満たすために利用されているにすぎないのだ。真夜が教室の女王として君臨するためのアクセサリー。気に入らないものを排除するための道具。後ろをくっついて回るとりまき、またはこき使われるいじめられっ子のポジション。そうでもなければ、華やかかつカースト上位にいる真夜が私とつるむメリットなんてない。


 ちらり、横を見る。手洗い場の鏡に映った自分は、いつも通り垢抜けない不細工な女子だった。冴えない瓶ぞこ丸メガネに、もっさりとしたミディアムボブ。目を隠すように伸びた前髪。地味で暗くて、オタクっぽい。

 もっと可愛くて明るくていつもニコニコしてるおしゃれな子だったら、私の人生ももっとキラキラしていたんだろうか。


「あ」


 真夜がこっちを見て、目を細めた。


「今日の放課後暇?」

「えっ、うーん……テスト勉強しなきゃなあ……」

「予定はないんだね。うち来ない?」


 唇を噛み締める。遊びに来て、じゃなくて遊びに来いってことでしょ。拒否権なんかないんでしょ。でもそれも結局言い訳なのかもしれない。多分断ろうと思えば断れる。嘘だろうと、用事があると言ってしまえばいいのに。

 私はうんと頷いて、真夜は満足げに微笑んだ。


「ねえ、乃亜」


 思い出したようにそう言って、真夜が視線だけをこちらへよこした。切れ長で奥二重の瞳の、きついけれど綺麗な顔。


「ん?」


 何を言われるのかと待ち構えると、彼女はクスリと笑って


「乃亜ってさ、オモシロイよね」


と、言った。どこかバカにしたような、水分のない言い方だった。


「どういうこと?」


 真夜はいつだって私のことをバカにする。真夜にとって私は全てにおいて取るに足らない、虫とかゴミとかとさして変わらない物体なのだろう。

 それなのに、私は真夜から逃げられない。

 これが百合なのか自分でもわからなくなってきました。

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