凛と杏奈のはなし2
グランドピアノで奏でられる幻想的なイントロを経て、軽快なロック調のAメロへ。同時に私の歌声が合流する。杏奈が好きだと言ってくれた、クリアでまっすぐなミドルボイス。Bメロでマイナーコードを効かせやや雰囲気を落ち着かせてから、いよいよサビ。ここは一気に盛り上げる。腹筋に力を込めたハイトーンで歌い上げ、息つく間もなく次はラップだ。イジメのような早口のリリックを自慢の滑舌で難なくこなす。
音源の確認を終え、思わず顔を見合わせる。杏奈は満面の笑みを浮かべていた。私も笑う。
「できたーー!」
「やったああああ!」
どちらともなく叫んで、ハグしながらぴょんぴょん飛び跳ねた。曲が完成するこの瞬間の達成感はクセになる。何回も何回も話し合って、何回も何回もアレンジして、何回も何回も録り直して完成した私たちの曲だ。ひとしきり騒いだあと、私たちは床に座って話し始めた。
「これでクリスマス企画の準備も完璧だね。あー長かった」
満足げにそう言い、ごりごりと肩を回す杏奈。色白な顔に、うっすらと疲労の色が見える。睡眠を削ってMIXを頑張ってくれた杏奈には感謝しかない。
「でも楽しかった。季節企画とかイベントとか、これから積極的にやっていきたいね」
「うんうん」
クリスマス企画の告知を出したのが二週間ほど前。季節ものの企画は初めてということで、まだまだ少ないファンのみんなも楽しみにしてくれていた。これなら期待に応えられそうだと、私は今からうきうきが止まらない。杏奈もきっと同じ気持ちだろう。
バンドとはいえ、まだ高校生である私たちの活動に制限は多い。こんな田舎住みだとライブもできやしない。今の活動の中心は、巷で言われる「歌い手」に近いものだ。カバーはほとんどしないが、時々好きな曲に出会えると歌ったりする。今の所カバーの方が伸びる傾向にあるのは悲しいけど、そこは知名度が足りてないのが原因だと割り切っている。精進を怠ってはいけないのだ。
「あー、明後日までなんて待てないよう。今すぐにでも聞いてもらいたい」
カーペットに寝転がって足をパタパタさせると、杏奈がクスリと笑った。
「それじゃクリスマスの意味ないじゃん。でもほんと、楽しみだね。凛の歌のレベル、どんどん上がってる」
「え、ほんと?」
「うんうん。声量も安定してるし、高音域もちょっと広がったし伸びるようになってる」
「やったあ、褒められた」
そう喜ぶ私を横目に、杏奈はひょいと立ち上がってパソコンをいじった。カチカチというクリック音の後に、完成した音源がファイルになって保存される。
「さーて、凛さん」
杏奈が振り返り、楽しそうにそう言った。赤みがかったこげ茶のミディアムがふわりと揺れる。
「はいっ」
生真面目な表情を装って答えると、杏奈はぷっと吹き出した。次に何を言うかは、なんとなくわかる。
「イラストも曲も完成したことですし、遊びましょう!!」
「いぇーい!」
「ふーーー!」
私たちはふざけた歓声を上げて、それがおかしくて二人して笑い転げてしまった。
「こんにちはーっ」
「こんにちは」
「お、凛ちゃんに杏奈ちゃん。いらっしゃい」
遊ぶと言ったって、こんなど田舎に買い物できるようなショッピングモールもない。ということで、私たちは行きつけの喫茶店にやって来ていた。それぞれダージリンとグリーンティを注文する。緑茶と言えばいいものを、杏奈はなぜだか頑なにグリーンティと言い続けるのだ。ついでにオーナー自慢のパフェもひとつ頼んで、二人でつつくことにした。
「そうだ、やっとクリスマス曲完成したんですよ」
ティーカップをふうふうと冷ましながらそう言うと、ロマンスグレーのマスターはにっこりと微笑んだ。
「おお、それはおめでとう。アップされるの、楽しみにしてるね」
この店――カフェ・ジルエットは、「海辺のライブハウス」というキャッチコピーで営業している、いわば歌声喫茶というものだった。私たちがまだ中学生だった頃からのお気に入りだ。数日に一回は地元のアマチュアバンド等の演奏会がある。ギターの上手いマスターは、時々私たちに演奏を聞かせてくれたりするのだった。
「でも、若い子はいいねえ。二人を見てると、俺も老けたなって思うよ」
マスターはギターをいじりながら自虐的に言った。
「やだなあマスター、そんなこと言わないでくださいよ」
それを、杏奈がころころと笑って否定する。私はうんうんと頷いてそれを肯定しながら、まだ熱いダージリンを一口飲んだ。
「そうそう、人生百年時代ですよ」
「はは、嬉しいねえ」
マスターはギターの弦をぴんと指で弾いた。私にはなんの音だかわからないけれど、明るくて陽気な音色だ。確かめるようにいくつかのコードを鳴らした後、アルペジオが始まる。街でよく耳にする、楽しげなクリスマスナンバー。
「あー、私もギター持ってくればよかった」
杏奈がぽそりと呟いた。ギターの生演奏をBGMに、海辺の町で過ごすクリスマス。悪くないかもしれない。
「いつかさ、ここで歌わせてもらいたいよね。二人でさ」
私は外を見ながら答えた。交通量の少ない国道を、錆びた自転車に乗ったおじいちゃんが通り過ぎていく。
「そうだね。伴奏はピアノとギター、どっちがいい?」
「どっちもだから、二回。つか打ち込みもあるじゃん、三回やらないと」
「打ち込みにしたら私のやることないんだけど」
「タンバリン?」
「しばくぞ」
杏奈はそう言って苦笑した。細められるチョコレート・ブラウンが綺麗だと思った。このフレーズ、歌詞に使えそう。
「杏奈」
「なあに?」
いきなり名前を呼ぶ私に、不思議そうな顔をする杏奈。
「メリークリスマス」




