麗と心のはなし
そういえば先輩後輩ものって書いてなかったなと思って。
ぱし、と小気味良い音を立ててボールが手のひらに収まった。間髪いれずにそれを持ちかえ、投げ返す。
「あ」
すっきりとした放物線を描いて飛んでいったそれはしかし、向かいのグローブに収まらずにすっ飛んで行った。驚いたような顔がスローモーションに見える。やっちまった、と私は軽く舌打ちをした。
「あちゃ、ごめーん」
走っていく背中に向けて声を張ると、すぐに大丈夫でーすと返答。心はボールを拾い上げてUターンし、何を思ったのかそのまま私の隣まで駆けてきた。ポニーテールがぴょんぴょん揺れる。
「先輩、ちょっと休憩しませんか?」
「うん、いいよ」
額の汗をぬぐって、二人並んでグラウンドの隅に腰を下ろす。空気が乾燥している。
「あー、もう冬休みかー」
私は呟いた。今日は終業式で、ソフトボール部の練習はなかった。早帰りを渋って駐輪場にいたところに、ちょうど後輩の心がやってきたので、せっかくだからとキャッチボールに誘ったのだ。もう他の生徒たちは帰ってしまったようで、昇降口前に人の気配はなかった。
「そうですね。この前運動会あったばっかなのに。麗さんに会えなくなるの、さみしいなあ」
まあ部活あるんですけどね、と心は自分で言って笑った。そうだねと相槌をうちながら、私はさっき配られた冬休みの予定表を思い浮かべる。気の利いたことにクリスマスは休みになっていた。そしてたしか、年末年始は四日間ほどすっぽりと休みになっていたはずだ。その期間は部活に頼ってちゃ会えない。
「こーころ」
「はーい……んわっ」
戯れに名前を呼んで、こっちを向いたところにちゅっとキスをしてみる。実際はキスというか、唇を寄せて少し大げさに音を立てただけ。それでも、心はぶわっと真っ赤になって頰を押さえた。可愛い。
「へへへ」
「へへへ、じゃないですよもう。びっくりするじゃないですか」
「ごめんごめん」
私は胡座を体育座りに変えて、正面の空を見上げた。心もつられて上を向く。青くて明るくて暖かい空は、冬なのに春みたいだ。「麗らか」なんて言葉がぴったり似合うんじゃないだろうか。
「ねえ心、クリスマスは一緒に過ごそうね」
「はい!」
雲を目で追いながら、初めて二人で過ごす冬休みの計画を立ててみる。できたら毎日一緒にいたいけれど、それは流石に無理かもしれない。
「初日の出も一緒に見に行こうか。それで、そのまま初詣に行っちゃおう」
「やったあ。そういえば私、初日の出って見に行ったことないです」
「え、そうなの?」
「冬休みのど真ん中に早起きとか、辛すぎませんか? あ、もちろん麗さんとなら全然余裕ですよ。むしろ徹夜できます」
「いやいや、徹夜はしないでよ」
私はくすりと笑って心の頭を撫でた。彼女はちょっと切れ長気味のぱっちりした目を細め、なおも嬉しそうに話し続ける。
「いやもう、生まれてこのかたクリスマスを家族とか友達以外と過ごしたことないので。めっちゃ楽しみです」
そこまで言ってしまってから、心の頰がぽっと赤く染まる。
「恋人とクリスマス……とか、ちょっと憧れでしたもん」
もじもじしながらそう口にする様子に、私の心臓は完全にやられた。堪らず緩んだ表情筋を隠すように手で顔を覆う。
「はああああ可愛いいいいい……」
「ちょ、なんですかそれ」
心は満更でもなさそうに眉をひそめ、そしてふと表情を曇らせた。
「麗さん、来年の今頃にはもうソフト部にいないんですよね……」
背を丸めてぽそりと呟く横顔には、紐解くには複雑すぎる感情が見てとれた。
「いっつも一年置いてけぼりですね。早く大人になりたいです」
ああでも、と彼女は少し視線を上げて言葉をつなぐ。
「大人になったらどうなるんだろう。麗さんと一緒にいられるのかな」
へにゃりと情けない笑みを浮かべるその頭を、私は無言でぺちりとどやした。少しびっくりした様子だ。
「こーこーろー」
「はいっ⁉︎」
「D中ソフトボール部期待の新星兼この麗様の恋人が、そんなしんみりしててどうすんの」
わしわし、とさっきとは比べ物にならないほど力強く頭を撫でる。
「夏、私に告白してきた度胸と自信はどこ行ったんじゃい」
この可愛い可愛い後輩ちゃんは、恋愛のこととなるとどうにも自信なさげなところがある。普段は元気印の心のくせに、何が一緒にいられるのかな、だ。だから私はこう言った。
「クリスマスプレゼントはそれにしよう」
「へ?」
脈絡ゼロの話の展開に困惑しきった様子の心。
「サンタさんに、ずっと一緒でいられますようにって。ついでに初詣の時にも。年神様にお祈りしよう」
「麗さん、宗教が色々とやばいです」
「そういう細かいツッコミはいらないから」
まだあどけなさの残る瞳をじっと見つめる。
「自力でも全力で頑張るし、神様だろうがサンタさんだろうがみんな協力してもらお」
心と過ごすクリスマスはきっと人生で最高のクリスマスになるし、心と見る夕陽は世界で一番美しいだろう。実際好きってそういうことだ。毎日の中のありきたりが特別。特別はもっと特別。
心はしばらくぽかんとしていたが、やがてぷっと笑った。
「麗さんて時々、すごく独特なこと言いますよね。面白い」
「えー。かっこいいこと言ったつもりだったのに。ショックぅ」
態とらしく唇を尖らせると、心は明るく笑った。
「いやでも、そういうのが麗さんの素敵なとこでもあると思います」
「あ、そーう? やーったあ。褒められたぜ」
私は小さくガッツポーズをした。
「じゃあこれから冬休みの相談しようか。目指せ一日一心」
「えー一日一麗さんじゃ足りないですよ」
「分身はできないからね」
お尻が冷えてきたけれど、降り注ぐ日差しは暖かかった。




