その8・諦めも肝心
うっとりとした上目遣いで俺を見るイェルミナ。
そんなイェルミナを驚愕の表情で見つめながら、何か言いたげに口を開閉させているザック。
仲間が増えて嬉しいね。と上機嫌な正体不明な俺の中にいるヤツ。
俺のような高ランク冒険者が珍しいとか、先ほどの殲滅で派手に魔法を使ったことも影響しているだろうが、周囲の人ごみは俺達の注目している。
そんな中、俺はこの収拾をつけてくれるだろう仲間であるザックの言葉を待っていた。
大丈夫。ザックは、イェルミナに引いた様子を見せていた。
俺が注視していたザックはぎこちなく、こちらに視線を向けてくる。
「……なぁ、このヒトもパーティーに入れるのか?」
「任せる。」
せっかく仲間になったのだ。交渉事は任せる。そんなつもりでザックに即答した。
「はぁ!? いや、ランクAのクーリがリーダーだろ!? しかも自分のファンなんだから、自分で対応しろよ!」
紅茶色の犬耳と尻尾を逆立てて、きゃんきゃんと吠えている。
……俺が対応しないとダメなのか……?
今すぐここから立ち去りたい。逃げるわけではなくて、戦略的撤退だ。
そんな心境の俺に、悪魔のささやきが聞こえた。
(私のクーリくんが困ってる!? 私が変わってあげたいよぉ!!)
あ、コレ、駄目なやつだ。
そう思うのは遅かった。
一瞬で、体の間隔が少し遠いような不思議な感覚に切り替わっていた。
※
自分の手を目線の高さに上げて、開いたり握ったり。
動作確認をするような行動のあと、口元に弧が浮かんだ。
動くな! そう思っても、俺の体は勝手に動く。
「イェルミナちゃんだよね? そんなに、あの魔法が良かったの?」
「はい、すごく! しかも、こんなに綺麗な方が術者だなんて……本当に素敵です!」
満足そうに頷いた俺は、イェルミナの頭を撫でそのまま頬に手を滑らせる。
「ありがとう。私……じゃなかった……俺も、イェルミナが仲間になってくれたら嬉しいな。」
「いいのですか!? ありがとうございます!!」
「よろしく、イェルミナ。」
見つめあったイェルミナの瞳に映る俺の表情は、とろりと甘く溶けていて……。
これは俺じゃない。俺じゃないんだ……。
そう心の中で頭を抱えるしかなかった。
(頼りにならないザックと違って、私は役に立つでしょ? 夫婦だもの。イケメンな夫のファン対応も任せてよ!)
同じ体を使っているせいか、本気で婚姻を済ませた気になっている事がわかる。
ヤツの思い込みの激しさに慄いていると、ザックが慌てた様子で俺の肩を掴みイェルミナとの距離を離してくれた。
「おい! 本当に仲間にするのか!? さっきと態度が違い過ぎるだろ!?」
男女混合のパーティーになれば、いろいろと面倒になる。ザックの焦りはよく分かる。
その通りだ、と頷いたのは心の中でだけ。
ヤツが取った実際の言動はコレだ。
「モテない僻みは良くないよ? イケメンとパーティーを組むなら女の子の関心を全部取られる覚悟をしておかないといけないよね」
そう言いつつ、パチリと片目を瞑ってザックの胸を軽くたたいた。
信じられない。これが俺の言動だなんて……。
唖然とした表情で俺を見るザックの視線が痛かった。
―――暴走するヤツの手綱をとるために、なにか弱みを握れないかヤツの記憶を漁ってみるのもいいかもしれない。
それは戦略的撤退ではない。……ただの現実逃避だ。
分かっていても、これ以上勝手に動く俺の言動を直視するのがつらかった。
(私の事を知ろうとしてくれるなんて、やっぱり相思相愛だね! 後の事は私に任せて! ……私の全部を見ようとするなんて、クーリくんのエッチ♪)
……なぜか、喜んでいるらしい。
現実から目を逸らすように、自分の中にある知らない記憶へと意識を傾けることにした。