その5・その原因は、自分
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くらりと傾いた体を、無理に立て直す。
意識を奪っていこうとする脱力の原因は、魔力不足。
コートの胸ポケットから上級魔力回復薬の瓶を取り出して、一息で飲む。
それから周囲を見回せば、光る触手と錯乱したように叫ぶ冒険者達が居た。
その光る触手の魔法は収束していくところだったようで、地面に還るように消えて行った。
……どんな状況だ?
しかも、あの触手の魔力から俺の魔力を感じたのはなぜだ……?
「もうちょっとまともな魔法は無いのか!? こんな治癒魔法みたことねぇよ!!」
隣に居た犬の獣人の男が叫んでいる。
確かに、今の光の触手は治癒魔法だったか。
あんな魔法は見たことない上に、無駄に魔力を消費して効率が悪い。
それでも使うというなら……。
一瞬、金の触手の草原の上に立つ青い服の少女が見えた。
感動するような気がしたのだが、何だろうか……。
「おい! 下の奴らほとんどが行動不能になってるこの状況、どうするんだ!!」
ともかく、スタンピートから街を防衛する依頼の途中のようだ。
まずは魔物を殲滅。それから考えればいい。
「うるさい、静かにしろ。」
騒ぐ男を睨みつけて、もう一本魔力回復薬を呷った。
魔力の回復を確認し、混乱する人間の間を縫って前に走る。
どんな威力の攻撃か、焼けた地面と魔物の死骸から魔物の数が大分減っていることが分かった。
スタンピートの魔物は8割ほど減らしても、前進する。
ただ、それを以上減ると散り散りに逃げ出す場合が多い。
そうなれば、殲滅は難しくなる。
何が有ったのか、俺と隣に居た獣人の男以外は混乱しているし、さらには誰の魔法なのか平原に大岩が乱立していて視界が悪くなっている。
わざわざ見晴らしを良くするために街の周囲は平原にしているのに、これでは目視による魔法の追撃も難しい。
この状況で、死人を出さず残りのスタンピートを殲滅させるには……。
とりあえず、全部足止めする。
「”アイス・フィールド”」
周囲の気温が急激に落ちる。
足元からすべての物が凍てつく。
今俺がいる所から前方、魔物の先頭がぶつかりそうな位置の人間から、火が移っている森、そしてスタンピートの後尾と予測されるところまで全て。
「これが噂の……スゴイな。普通のフィールド系魔法でこの威力と範囲かよ。」
これはただのフィールド魔法。
足止めだけで、魔物も死んではいない。
もちろん、範囲に巻き込んだ人間も。……凍傷は後で治癒魔法をかければいい。
俺以外の全てを対象とした魔法の範囲に居ながら、獣人の男は平然と着いて来ていた。
何のスキル持ちかは分からないが、ちょうどいい。
「俺は足枷が外れそうなところから仕留めていく。お前は向こうから片づけてくれ。」
魔物を殺すためには別の攻撃が必要だ。
フィールド魔法により、効果範囲内の状況確認が出来る俺は足止めが効きにくい上位の個体を優先して仕留めていく。
もう一人、別方向から凍った魔物を始末してくれれば早く終わる。
「……りょーかい。」
一瞬戸惑ったような表情をした男は、ニッと口角を上げて俺が指した方向に走って行った。
動きの止まった的の始末は簡単で、誰にでも出来る簡単な作業だ。
とはいえ、この数を一人で片づけるのは大変で、手伝いが居てよかった。
紅茶色の犬耳の獣人……名前は、ザック?
聞いたことが無いはずなのに、知っている名前を思い出して眉間に皺を寄せる。
……なぜか、これ以上は知りたくない気がする……。
ともかく、殲滅。
俺は左右の長剣を抜き、凍った魔物の息の根を止める作業を開始した。
※
―――氷に覆われた動かない的の始末は簡単だ。
作業の合間に、ここ数時間の事を思い出しながら出来るくらいに簡単だ。
幸か不幸か、意識を割かなければならない強い敵も居なかった。
「こっち終わったぞー!」
ザックが大声で呼びかけて来るが、フィールド魔法を使っているは俺だ。
効果範囲内の魔物の討伐が、全て終わったことも分かってる。
「”アイス・アロー”」
初級であるボール系の上である圧縮した威力と着弾速度を速めたアロー系の魔法だ。
それを複数用意する。
そして、平原に乱立する大岩の全てに放つ。
フィールド魔法影響下の無機物は、同系統魔法の影響を受けやすい。
それが対象である岩を精製したのも含めて全て、同じ術者の同じ魔力に依るものならば、尚更に。
「スゴイな……。まだそんなに余力があるのかよ。」
平原を遮る障害物が砕け散るのを確認し、フィールド魔法を解く。
「”恵みの雨を”」
氷の解けた人間達や、焼けた土地と森に回復魔法を使う。
上空に薄い雲を集めて降らす癒しの雨。
柔らかなその雨は、1分弱で効果を終えた。
「これが噂の広範囲治癒魔法のオリジナルスペルか。……最初の変な魔法も、新しいオリジナルスペルだったのか?」
―――証拠隠滅が終わったな。
さて、この男の記憶は……頭を殴れば消えるか?