その3・犬耳のザック
ガサガサと音を立てる茂み。
そこから現れたのは、犬耳の男だった。
「いたいた! お前、霧氷だよな?」
……残念なことに、魔物ではなかったらしい。
もう一回、クーリくんに体を好き勝手されたかったのになぁ……。
犬耳の男から視線は勝手に離れて、体は死んだオークの額に剣を突き立ててえぐるように引き抜く。
飛び出してきた赤い石を片手で掴んで、ウェストポーチに入れる。剣も鞘に納めた。
それからやっと体の自由が戻ってきた。
赤い石は魔石で売れるらしい。戦闘から換金部位の取得までお任せ出来るなんて、頼れるイケメン過ぎて惚れる。
「なぁ、霧氷だよな? さっき誰かと話して無かったか?」
霧氷。それは冒険者ランクAであるクーリくんの二つ名だ。
氷系の魔術を得意とする他に、クールな態度を含めてそんな二つ名になったようだ。
「何か用?」
今や、そのクールなクーリくんとは私のこと。
イケメンの振る舞いをこなしていくために、先ほどまで練習していたキリッとした無表情作る。
だめだ。練習を思い出して、散々に眺め回したクーリくんのイケメンぶりを思い出してにやけてしまう……!
「……なんか、聞いてたのと雰囲気違うな。」
緩んだ顔をキリッと引き締める。
「まぁいいや。オレはザックだ。自己紹介はこの位にして急いでくれ! もうすぐスタンピートの先頭が来る! なかなか来ないから探したぜ!」
なんの話?
いいから、と言った犬耳男は、きょとんとする私の手を強引に引いて走り出した。
なかなか走るのが早い。流石、犬。
犬にしか見えないけど、よくあるファンタジー物的には狼かもしれない。
特筆すべき点と言えば、そんな犬または狼男に引っ張られても同じ速度で走れるクーリくんだろう。
やっぱり、クーリくんイケメン。カッコいい!
……今は私だけどね。
※
走りながら私が主導を握る直前のクーリくんの記憶を探れば、依頼の途中だったらしい。
先ほど聞いたスタンピートと呼ばれる魔物が集団で押し寄せる現象がが発生し、その集団の進行方向にある街の防衛戦力としての応援だった。
緊急で重要な仕事へ向かう道中だったのに、無表情のカッコいい顔の練習をして自分見惚れている間に、魔物の集団が街に大分近づいてしまっていたということだ。
……イケメンって罪深い。
でも、大丈夫。イケメンだから。
主役は遅れて登場って言うし、このまま走ればギリギリ間に合う。
私だけだったらいつまでも湖に張り付いて、クーリくんに受注した依頼を達成できなかったという汚名を着せてしまうところだった。
呼びに来てくれた犬男、もといザックに心の中で感謝しておく。
走った先には街を囲む門が有り、門の上には弓や杖を構えた遠距離攻撃部隊と、門の手前には盾や剣を持つ近接戦闘部隊が臨戦態勢だった。
「おおーい! 霧氷連れて来たぜー!!」
ザックが声を張り上げれば、待ってたぜー! やら、やっとかよー! とか、間に合って良かったー! という声がかかる。
「マジで間に合って良かった。
ちょうど広域攻撃できる高ランクの魔術師が居なかったから、Aランクのしかも広域魔法でだけならSランク級の霧氷が近くに居て応援に来てくれるとか、ホントに運が良かったな!
上の奴らの出番はないかもしれないぞ!」
なるほど、クーリくん待ちだったらしい。
イケメンは必要とされる存在だから仕方ないよね!
私のクーリくん、最強!!
むふー、と自慢げに頬を緩ませる。
「……なぁ、マジで大丈夫か? 聞いてたのと雰囲気違うんだが、霧氷だよな?」
隣のザックが小声で心配そうに話しかけてきた。
確かに中身が私ということは不安だろう。
だがしかし、クーリくんの戦闘オートモードはさっき体験したばかりだ。
今回だってクーリくんが、か弱い私を守ってくれるに違いない。
クーリくんは私の騎士様!!
だから私は、親指を立ててこう答えた。
「問題ナッシング!」
「ほんとかよ!?」
ホントです! 私がクーリくんだよ! キリッ!
人違いかもしれない、どうしよう。そうブツブツ呟き始めたザックは、私を集団の中に押し込んだ。
「とりあえず、広域殲滅を優先してくれ。魔物が近づいても俺が守るから。」
ザックが真剣な表情で言ってきた。
俺が守るから、か。
よく見れば、ザックの顔は整っている。紅茶色の髪と同色の犬耳も可愛い。
でも、タイプじゃないんだよねー!
近接戦闘職と分かる筋肉がもりっとついてる所とか、日に焼けて活発そうな男くさい感じとか……あんまり好みじゃないかな!
やっぱり綺麗なイケメンで、女装しても絶対似合うような素敵なクーリくんがイイ!!
アメジストの高貴な紫の瞳とか、至上!!
俺が守るから、というのはクーリくんに言われたかった。
いや、今は私がクーリくん!
鏡に向かって話しかければ私が言われたことになるのかもしれない。
イケメンからの壁ドンも鏡を使えば何とかなるのか……?
いかにクーリくんのイケメンを堪能するかに思考がシフトした私は、ザックの言葉に華麗な無視を決めていた。
クーリくんの方がカッコいいから仕方ないよね! 今は私だけど!