4.転生
ようやく転生しました。
「タマラ、コリスの実はこれくらいでいいかい?」
父さんが差し出してくれた布袋には、半分ほどコリスの実が詰まっている。本当はもっといっぱい欲しいところだけど、他にも採集したいものはあるし、私が持って帰れるのはこの程度が限界かな? 早く大きくなって、自分で材料集めからできるといいんだけどなー。
「うん、充分だよ! ありがとう!」
内心の不満は押し隠し、にっこり笑って受け取る。
「その実を使って、今度はどんなものを作るのか、父さんとっても楽しみだよ」
父さんは期待に満ちた満面の笑顔を向けてくれるけど、そんな大した物は作れないよ。5歳の私はまだそんなに手先が器用じゃないからね。思った通りに指先が動いてくれなかったり、手の大きさや力が足りなかったり……。それに、材料や道具なんかも安くはないから、練習もそうそうできないんだよね。子どものうちは、あまり奇抜な発想のモノを作って注目を集めるのも避けたいし。
「うーん、あんまり期待しないでね」
「ふふ。タマラが作るのなら、どんな物だって、父さんも母さんも嬉しいし楽しみなんだよ」
曖昧な笑顔を返す私の頭を一撫でしてから、父さんはツルや木の実を集める作業に戻っていった。
ここはダリアードという世界のサンタレリア王国。普通の人間や獣人、ドワーフなど様々な人種が入り乱れ、経済的にも文化的にも発展していて平和で安定した国だ。贅沢な暮らしとはいかないけれど、平民でも多くの子どもが学院に通っているし、外食したり、少しはオシャレを楽しんだりもする。まぁ、貴族ともなれば生活レベルは全然違うんだけどね。そんな国内でも、上から3番目くらいの大きな領都であるトスタナという都市で、代々『雑貨屋 妖精の庭』を営む商家が、今世での私の家。
あの、イケメンで変態で鬼畜でザンネンな毒舌神様との邂逅から、もう6年近くが経った。……神様、属性多すぎだな。
うちは領都で店を構えているだけあって、結構裕福な家庭で、平穏無事にここまで育ってこれた。父さんも母さんも優しくて働き者だし、今のところとっても幸せな第二の人生だ。うん、神様グッジョブ!
欲を言えば、カッコイイお兄ちゃんがいたら嬉しかったんだけど、一人っ子なんだよねー。でも、両親はまだ若いし仲良しだから、そのうち可愛くて従順な弟ができると思う。ま、妹でもいいから、頑張ってね父さん!
「それにしても、このタマラって名前だけはなー」
生まれてしばらくして、自分が「タマラ」と呼ばれてる事に気付いた時は耳を疑ったよ。これじゃあ、またあの神様に「タマちゃん」と呼ばれてしまうじゃないか! まぁ、もう会うことはないと思うけどさ。それでも、神様がニマニマ笑って見てるかと思うと腹が立つよね!
「まさか、神様の差し金じゃないよね。もしそうだったら一発ブン殴ってやる」
生い茂る木々の間から空を見上げ、ギュッと拳を握ってそう決意する。
それはともかく、妖精の庭では出来上がってる商品を仕入れ販売してるだけじゃなく、他国や近隣の町村から素材を仕入れて領都内の工房に卸したり、逆にサンタレリア産の素材や商品を他国に卸したりもしてる。それに、母さんはもともと隣国の木工工房で働いてた人だから、家でも簡単な雑貨を少しだけ作って販売したりもしてるんだ。そういう環境だから、私もイロイロ作りたくてウズウズしてる毎日を送ってる。
でも、素材や道具が地球とは違うから、まずは、素材や一般に出回ってる物を知ることから始めないといけないんだよ。あと練習ね。まぁそれも楽しいんだけど、早く色んなもの作って、雑貨屋で売りたい! っていうのが私の夢なんだ。私の人生を覗き見して楽しもうとしてる神様は、波乱万丈な人生を望んでるかもしれないけど、お生憎様! 私は絶対、平穏で順調に楽しい人生を送ってやるんだからね!
おっと、イロイロ考えてたらガッツポーズなんてしちゃってたよ。ちょっと話が逸れちゃったけど、今は、家で雑貨を作る母さんのために、材料収集する父さんにくっついて来たんだ。領都トスタナを囲う大きな塀の門から、荷馬車で20分程の場所にある森で、月に1度くらいは訪れる場所だ。ここは領都の近くだし小さい森だから、モンスターが出ることもなくて比較的安全なんだよね。まぁ、野生の動物なんかはいるから一人では来れないんだけど、父さんは初歩の魔法くらいは使えるから、5歳になってから一緒に来る許可が下りたんだ♪
それで、この森に来るたびに色んなものをちょっとずつ持ち帰っては、図書館の図鑑で種類を調べたり、乾燥させてみたり、水に浸けてみたりと素材の調査に勤しんでいる。さっき父さんが取ってくれた『コリスの実』も、この前持ち帰ったものの一つ。図鑑では大して何も書いてなくて、食用にはならないけど毒もないって父さんから聞いたけど、乾煎りして乾燥させてみたらカラカラと可愛らしいイイ音がしたんだよね。大きさもちょうど小豆くらいの大きさだから、前に服飾関係の工房のミラおばさんから貰ったハギレを使って、お手玉を作るつもりだ。
ま、お手玉なんて作っても売れないとは思うんだけどねー。でも、小さなハギレも活用できるし、そんなに時間もかからないし、裁縫の練習にはいいかなーと。可愛くできたら店に飾っておいてもいいし。その時は母さんにイイ感じの木皿を作ってもらおうかな♪
実は、ちゃんとお裁縫をして物を作るのは今回が初めてなんだよね。だって、誰からも教えてもらったことがないのに、いきなり幼女が裁縫してたら、あまりにオカシイでしょ? だから、5歳になるのを待ってから、まずはミラおばさんと仲良くなって、少しお裁縫を教えてもらってっていう段階を踏んでたんだよね。面倒だけど、悪目立ちしたくないから仕方ない。
そういうわけで、やっと家でも裁縫ができるから楽しみなんだ♪ 練習して上手くできるようになったら、次はハギレで何か実用的な物を作ってもいいし、布花のコサージュなんかの装飾品もいいかもしれない。うーん、考えてたら早く帰りたくなってきた!
「父さーん、そろそろ帰ろうよー」
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『うん、充分だよ! ありがとう!』
そう言って父親に笑顔を向けるタマちゃんの顔が、テレビの画面に大写しになる。これはもともと地球で生み出されたテレビだけど、ちょっと改良して人間界を覗けるようにしたものだ。以前はスクリーンを使っていたけれど、それよりもずっと映像が鮮明になったのはありがたい。もちろん、ずっと覗き見してるわけではないですよ! タマちゃんを見るのは、せいぜい月に一度か二度といったところ。
「それにしても、なんでしょうねぇこの笑顔は。私には仏頂面しか見せてなかったくせに」
少し父親と会話を交わしたあと、父親はまた素材集めに戻り、タマちゃんは辺りをキョロキョロしながら目に付いた物をじっくり観察したり、時折採集したりしている。先日、図鑑で毒のある植物をじっくり調べていたから、安全なものか確認してから採集してるんでしょうね。
あ、親指を立ててる。あれは確かサムズアップという地球のジェスチャーで、「いいね」って意味だったかな。うんうん、その植物は毒々しい見た目だけど大丈夫なやつ。割と慎重なようで安心ですね。
『それにしても、このタマラって名前だけはなー』
え? 名前? なんでいきなり名前のことが出るんでしょう。しかも、すっごい不満そう。
「まぁ、ご両親がタマラと名付けた時には私も思わず笑ってしまいましたけどね。フフフ。まぁタマちゃんはタマちゃんでいいじゃないですか」
『まさか、神様の差し金じゃないよね。もしそうだったら一発ブン殴ってやる』
「なっ! 濡れ衣です! 私は何もしてませんよ! あぁ握り拳まで作っちゃって……。まったく、勝手に私を悪者にするとは、酷いじゃないですか。そんなこと言ってるとバチを当てますよ」
私の反論など知る由も無いタマちゃんは、もう名前のことはどうでもいいという感じで、ふたたび素材採集を始めている。
観察していると、不満顔だったのがワクワク顔になり、ご機嫌でニコニコしていたかと思えば、今度はガッツポーズなどして、最後はルンルンしながら父親にもう帰ろうと声をかけている。
「本当に、表情がクルクル変わって飽きませんね。帰って何か作るようですし、また出来た頃に覗いてみますか♪」
タマちゃんの口調や考え方なんかが神様と話してた時とは違っていますが、肉体年齢の影響を受けています。本人も、なるべく子どもらしくしようと頑張ってます。