2.ザンネンな神様
「転生かぁ。それで、ダリアードって?」
「ま、所謂ファンタジーな異世界って感じのとこですよ。行きたかったんでしょ?」
「へ? うーん、まぁチラっとそう思ったこともあったけど、全然、全く、本気じゃなかったけど?」
若干ワクワクする気持ちもありつつ、それは悟られないように平静を保つ。交渉を有利に運ぶには、こっちに利がないことをアピールしなきゃね。
「え? そうなんですか?」
「ソウデスケド? で、そのダリアードってとこに転生して何するの? っていうか、なんで私?」
「え? 何するって……え?」
なんか神様の頭上にハテナマークが見える。なんだろう、この反応?
「なんかあるから、わざわざ転生させるんでしょ? 世界を救うだとか、魔王を倒すだとか。条件次第では受けてあげてもいいけど……。まさか、魔王になるとかいう悪役バージョン? それは嫌だな~」
「え、そんなことできるんですか?」
何をすっとぼけてるんだ。
「はぁ? いやいや、だいたいこういう場所で『神様』から言われるのは、そういうことだって相場が決まってるでしょ! でもって、それができるように神様が特別な能力を与えたりとかするでしょ!」
「そうなんですか? いやー、別にやってもらうことはないし、能力なんてあげませんけど?」
「は? じゃあなんで転生なの? なんで私、ここにいるの? 転生って一般的なの? 死んだら皆ココに来て転生すんの?」
「そんなわけないじゃないですか~。転生させるのって神様でも大変なんですよ?」
じゃあなんでだよ! ますます意味わからん!
言い合いに疲れて大きく溜め息をつくと、神様は涼しい顔で、籠の中のミカンを4つ手に取っている。
この神様、4つも一気に食べる気なのか。しかもゼンザイの直後で食べたらスッパさが際立つだろうに。オモシロそうだから、そんな忠告はしてやらんけども。
内心で少し意地悪いことを考えていた私をよそに、神様は急に何やら説明をし始めた。
「いいですか? コレらが生き物だとします」
神様は、ミカン4つを指差した。
「で、この皮の部分が身体だとします」
神様は、ミカンの皮を剥いた。
「はあ。随分薄っぺらい身体ね」
「例えだからいいんです! そして、この中身が、日本語で言うところの……『魂』とでも言うようなものですね」
「魂ねぇ」
「他人事じゃないんですよ! 今のタマちゃんは、この『魂』の状態ですからね」
「ふぅん。全然実感ないけど。っつーか、タマちゃん言うなってば!」
「いいから、ちょっと黙って聞きなさいよ。
それでえーと、魂というのは、ちょうどこのミカンの房のように、小さな魂の欠片の集合体なんです」
神様は、ミカンの房を一つ一つバラしていく。
「なるほど?」
「そして、この魂の集合体を器として、そこに『精神』とか『意識』などと呼ばれるものが宿ります。この『精神』こそが生き物の核であり、その固体がその固体たる所以なのです!」
若干ドヤ顔をしながら「上手く説明しきった」感を出しているけども、最後、ミカンの例えはどこいった。
「その『精神』は、ミカンでいうところの粒々? 果汁?」
「へ? えっと、つぶつ……いえ、果汁? ……いやいや、いいんですよ! ミカンのことはもう置いといて!」
「ミカンに例えたのはアナタでしょ! 精神が核なんでしょ? 一番重要なんじゃないの?」
神様はしばし固まっていたけれど、ゴホンと一つ咳払いをしてから、何事も無かったかのように話し出した。神様っておもしろキャラなのか。有難味が無いというか、なんというか……。威厳も、神々しさの欠片もないな。いや、イケメンだし黙って真顔で立ってれば、神秘的でソレらしくは見えるかも?
「いいですか、魂の集合体は、器となる肉体が死ぬと、バラバラになってしまいます。そうなると、精神は消滅します。」
いや、バラバラの房を見て悲しそうな顔しながら言われても。
「その房は、アナタが今さっきバラバラにしたんだけどね」
「うるさいですよ。
とにかく! タマちゃんが今、精神を保っていられるのは、ぼくが頑張って、魂がバラバラにならないように繋ぎとめてるからなんです!」
「へー。……いい加減タマちゃんはヤメロ。」
ギロっと睨みつけるけれど、全く意に介した様子は無い。
「反応が薄いですね。もっと感謝・感激してくれてもいいんですよ? 身体がないと、不安定な魂はバラバラになってくんです。ほら」
神様は言いながら、寄せ集めた房をミカンの皮で一度包み、パッと手を放してみせる。ミカンの皮が開いて房はバラバラに倒れた。ま、当然だね。
「ぼくがちょっとタマちゃんから離れるだけでも、記憶がどんどん薄れていくんですからね!」
神様は、残っていたゼンザイの汁を飲み干していく。
「ああ。つまり、ここに来た時に私の記憶が曖昧だったのは、アナタが悠長にゼンザイとか用意してたせいなのね?」
「ぶほっ! げほっ、ごほっ! あ、い、いや、まぁその……どうしても食べたくって……じゃなくて! ぼくのおかげで、まだ消滅してないんですってば!」
神様は、ミカンの房を口に放り込んだ。
「うっ! 酸っぱぁ~!」
神様は、泣きそうな顔をして呻いている。ほーら言わんこっちゃ無い。おもしろキャラ決定だね。いや、コレが神様だと思うと残念キャラと言った方がいいかも。
「そ、それでですね、バラバラになった魂の欠片は、別の魂の欠片たちと融合して、新たな魂の集合体となるんです。当然、消滅した精神は戻りませんので、新たな精神が生まれて、そこに宿ります。」
「うん、なんとなくわかった。消滅したくなければ、アナタの言うとおりに転生しろってことね」
「そうです。物分りが良くて助かります。さすがタマちゃん」
タマちゃん呼びをやめるつもりは無いんだね。まぁいいか。どうせ転生したら名前変わるだろうから、そう呼ばれるのも今だけだし。
「で、特に目的も何もなく転生するってのはいいとして、なんで私?」
「それはまぁ、ちょうど良くてオモシロそうだったからです」
「は?」
「いやー、三十路の毒舌干物女のタマちゃんなら、すぐに適応してくれそうですし、現世に未練も無さそうでしたし、転生とか異世界にも興味ありそうでしたからね!
そんなタマちゃんがダリアードでどう生きていくのか、今度は干物にならずに潤いある日々が訪れるの「毒舌はアナタでしょ! つまり、私はアナタの暇潰しに付き合わされるだけってこと!?」」
毒舌とは失礼な。単にこの神様がツッコミやすいだけで、普段から毒吐いてるわけじゃないし! だいたい、言うに事欠いて干物女とはヒド過ぎる。
「……暇潰しだなんて人聞き悪いですね。人間観察ですよ。人をよく知らずして神様の仕事は務まらな「ん? ちょっと待って。マサカ、私のプライバシーは、今までもこれからもアナタに筒抜けなの?」
「まぁ、神様ですからねぇ。タマちゃんに限らず、どこでも誰でも何でも覗き放題ですよ~」
「胸張って言うな! このノゾキ魔め!」
いくら覗いてもバレない・捕まらない上に、転生してもまだ覗こうだなんて、恐ろしいストーカーだ。
「ふーん、神様相手にそんなこと言っていいんですか~?」
「何よ。もう死んでるんだから、バチも当てられないでしょ。それともこのまま消滅させる?」
「そんなことしませんよ~。でも、独り寝が淋しい夜に、ベッドの中でタマちゃんがナニしてたか、ぼくはよ~く知ってるんですよ? フフフっ」
「なっっっ! 何って、ナニってっっ!」
「フフ。布団に潜ってごそごそと。時々可愛らしい声を漏らしなが「わ、わかった! 前言撤回するから! ソレ以上言うなー!」」
ヤバイ! この神様とんでもないヘンタイだ! 精神攻撃がエゲツナさ過ぎる!
「夜な夜な携帯小説読んでたまにツッコミ入れてたくらいで、そんなに慌てなくてもイイでしょうに」
あー、自分の頬がピクピク引きつってるのがわかる。あのニマニマ笑う顔を殴り飛ばしたい。
「まぁタマちゃん、安心してください。お風呂とかトイレとかベッドとか、そこまでのプライベートを覗く趣味はありませんよ。それに、神様に性別はありませんから。……なんなら見てみます?」
言いながら、どう見ても完全に、見た目は男な神様が脱ぎはじめる。
ヤメロ。ついてても、ついてなくても、見たくないし。
「わかったよ。もういいから! 脱ぐな! 別に見たくないから!」
「そうですか? ぼく結構鍛えてるんで自信あるんですよ?」
わかってるよ。胸筋とか腹筋とか最初から見えてたし! それ以上ナニ見せるつもりなのさ!
もうヤダ。この神様の相手するの疲れてきたよ……。
読んでいただきありがとうございます!