第一話 天使と悪魔
週2~3話更新のペースで投稿する予定です。
書き溜めのない作品のため、
途中(時に大きな)加筆修正をすることがあるかもしれませんが、ご了承ください。
「眠れないの?」
母さんの声がした。
とても暖かい、母さんの温もりだ。
僕が母さんに答える。
「うん。」
僕が縮こまりながら母さんに寄っていく。
「何かお話してあげようか?」
僕が首を縦に動かす。
鼻先が母さんに当たった。くすぐったい。
俺は母さんのお話が大好きだった。
母さんの声で心地よい物語を聞いているととても幸せになれるからだ。
「レイはてんしって知ってるかな?」
幼い僕が知っているはずもなく、首を振る。
俺も知らない。
「天使っていうのはね、
私達を困難から救ってくれたり、正しい道に導いてくれたりする存在なの。
良いことをたくさんした人がなれるのよ。」
僕がそのてんしという存在に興味を持った。
ワクワクする、どこか落ち着かない気持ちが胸の中に広がっていく。
「ねぇねぇ、どんな見た目をしているの?」
僕が母さんの寝間着の袖を引っ張る。
只の布なのに、凄く安心できる柔らかさがある。
「天使はね、見た目は私達と変わらないの。
でもね、胸の中に優しく温かい気持ちを持っているのよ。」
母さんが僕を抱きしめた。
「ならお母さんは天使なの?」
母さんはクスっとおかしそうに笑った。
「どうしてそう思うの?」
僕が少し早口になって、一生懸命に答える。
「だって、だってお母さんは僕の間違いを叱ってくれるし、優しいよ。」
そんな僕の様子を見て、母さんは優しく微笑んだ。
「でもね、母さんはまだ生きているから。
天使はね死んだ後に神様からその命を授かるのよ。」
母さんが僕の頭を撫でる。
快い感触、俺は僕に嫉妬しそうになった。
僕がその幸せを当たり前のものとして享受しているのも、俺は許せなかった。
「そうなんだ。だったらお母さんは天使になっちゃだめだよ、絶対だよ。」
その言葉は俺の胸に突き刺さった。
「絶対というのは難しいかな。
でもレイが大人になるまでは一緒に居てあげるから安心して。」
母さんはまた僕を抱きしめた。
嘘つき、嘘つき、嘘つき。
「あっ、でも天使がいるならどうして人は死んでしまうの?
助けてくれるんだよね?」
こんな簡単なことも分からないのかと俺は苛立った。
母さんは少し困ったような顔をしてから、僕の頭を優しく撫でてくれた。
「実はね、天使の正反対の悪魔という存在も居るの。
もしかしたら人が早く死んでしまう時は彼らのせいかもしれないわ。
悪魔は人を苦しめたり、悪いことをさせたりするのよ。」
母さんは僕の様子を確認する。
今なら分かる、母さんが僕を良く見て話してくれていたということ。
僕が話についていけているか、楽しんでいるか、怖がっていないか、
しっかり見てくれているのだ。
「そんなのも居るんだ。どうしたらいいの?」
僕が不安そうな目で母さんを見つめる。
「心配する必要はないわ。悪魔は悪い人にしか憑りつかないの。
良いことをして、清い心を持っていれば、天使が来てくれるから。」
俺はこの光景を見るのが辛くなった。
俺の何が悪いというんだ。
俺は頑張って弟の面倒を看てきた。
それなのに、なぜ!!
俺はそこで目を覚ます。
隣で弟が微かに寝息を立てていた。
俺は弟を優しく撫でる。
夢の中で母さんがどういう風にしていたかを思い出しながら。
ふと思うところがあって質素な部屋を見回す。
父さんと母さんが生きていた頃にあった家具はほぼ売り払い、ほとんど何も残っていない。
今、俺にあるのは病気の弟だけ。
弟だけが俺の生きる理由であり、死ねない理由だ。
俺は寒さで震える体を自らの腕で抱きしめた。
夢で感じられた温もりはもうない。
母さんが話してくれた天使と悪魔の話を思い出す。
俺は天使を知らない。
それどころか今までの不幸の連続を思えば、
悪魔に憑りつかれているのではないかと不安になるぐらいだ。
いや憑りつかれたのではない、自らその身を捧げたのだ。
俺は薄汚れた寝間着をめくり、腹部の痣を見た。
大分回復してはいるが、完治には至らない。
一ヶ月に一回、俺は見世物小屋でショ―をやる。
俺の役割は簡単、ただ殴られるだけ。
そうでもしないと弟の薬代は稼げないのだ。
俺は大きくため息をついた。
今日もそのショーに参加する予定があったからだ。






