第12話 戦闘準備
サーペント海軍が押し寄せているという報告を聞き僕らは即座にレオナルド邸へ帰還する。先程まで緩み切っていた思考回路をフル回転させ、レオナルド邸の扉を蹴破った。
「サーペント海軍の陸戦部隊が来るですって?」
僕は扉を蹴破るなり応接間にいるドレイクへ向けてまくしたてる。
「ああそうだ。全く持って厄介な事になったもんだが、いかんせん兵力は向こうが圧倒している。考えてみろ?1個連隊規模だぞ」
「こりゃ勝ち目薄いですね。大規模戦闘になる前にこの島からとんずらした方が身の為です」
ドレイクから敵兵力のおおよその数を聞き悲嘆に暮れる。1個中隊ならともかく連隊規模となるとどう見てもこっちを確実につぶす気で攻めてきているという事だ。
「あとは竜騎兵部隊だな。ウェルナーは知らんか。説明するぞ」
ドレイクの説明によれば竜騎兵というものはドラゴンを使役して空中から地上部隊を支援する役割を担っているらしい。ドラゴンそのものの種類も様々でサーペントが使っているのはエスペラント種という火を噴くドラゴンだそうだ。つまり低空で火炎放射して敵を薙ぎ払うという事らしい。現代兵器目線で例えれば航空支援だ。
「海兵隊と何ら変わらん……」
僕にしてみればちょっとファンタジーチックになった米海兵隊にしか思えない。寧ろつい先程まで楽勝気分でいた自分をぶん殴るレベルだ。
「これ勝てる方法を模索する方が難しいんじゃないでしょうか……?」
「え、お前さんがそれ言うの?」
「言いますよ!こんな指揮統率が取れる陸海空統合部隊にどう勝てと!?」
こんな部隊を相手するならまず航空支援が必須だ。それこそ対艦ミサイルをぶら下げたスーパーホーネットとかで艦船を潰して欲しいくらいだ。それと海兵隊の遠征団がいれば勝てない戦ではないが現有戦力のみだと確実に負ける。
「いや……勝てと言っている訳じゃないんだ。島から撤退する時間を稼げばいいんだよ。その後折を見て反撃体制を整える」
ドレイクも今回の相手は勝てる見込みがないと判断し、早々に島から撤退する準備を部下たちに指示している。
「財宝はそこまで詰め込まなくていい。武器弾薬の方はたっぷり揃えとけ。後は死体を水源にブチ込め。この島そのものを拠点として使えなくしてやればいいさ」
ああ、完全に海賊稼業ですねえ。やり方が手慣れてます。
「さて、僕は……」
すると横から肩を叩かれレオナルドに手招きされた。
「君に少し話がある」
言われるがままレオナルドについていく。彼の書斎を通り過ぎ地下室へ案内された。元々レオナルド邸をそこまで探索したことが無かったからここまで来るのは初めてだった。
地下室はワイン蔵の様に暗い、それでいて肝心のワインは一本も無い。どういう部屋だ?
「参ったな。自分で内緒だと言ってたのに……」
レオナルドの顔に焦燥感がにじみ出ているのがハッキリと分かる。それも軽い隠し事ではない。恐らく何かを知っているのだろう。
「どうかしましたか」
「今回のサーペント海軍の戦力的に勝てる見込みは無いと君は言ったね」
焦燥感に満ちた顔でレオナルドは続ける。
「ならばここの部屋もじきにサーペントに発見される可能性がある。そう言う事態は避けたい。だから君に話さなければならない。寧ろ君以外にこの事を話すわけにもいかない」
「説明してくださいレオナルドさん……」
いい加減もごもごとした話しぶりに苛立ってくる。
「分かりました。チャップマン少佐!」
「何だレオナルド」
壁のどこかにあるスピーカーからしわがれた男の声が響く。
「サーペントに島を制圧される可能性がある為、ここを放棄します。よろしいですか?」
「ああ、それについては構わん。しかしこの部屋に君以外の誰かがいる様だが……」
「海賊……いえ、NavySEALsTeam8所属ウェルナー・ブルックリン軍曹であります」
僕はスピーカーの先の相手へ向けて本来の所属を名乗った。
「機密保持規定を破ったなレオナルド。それとブルックリン軍曹」
「何でしょう」
「我々の存在を外部に決して漏らすな。ここで見た事、聞いたこと全てだ」
「分かりました」
沸き上がる好奇心を抑え、僕は再びレオナルドの方へ向き直る。
「君にやってもらいたい事は情報機材の運び出しだ。機密保持レベルが高いものから海賊船に積み込み、機密保持レベルが低いものはその場で破砕処分する。それが君の任務だ」
「分かりました」
レオナルドに言われるがまま僕は情報機材をワイン箱に詰め始める。どれも通信機器ばかリな事からこの場所はあくまで情報収集拠点として機能させていたという事なのだろう。
書類も小さい箱に入れてからワイン箱に詰め込む。二重包装だ。書類はちらりと見た限りでは政策活動についての報告が数点あるのみだ。
「これくらいでいいですか?」
「うん。重要機密は船の奥底に保管する。通信機器は障害物を透過する通信方式だから特段気にする事は無いよ。後は……」
レオナルドは積み上げられた書類を横目に小脇からライターを取り出した。
「処分ですか」
「うん」
僕は近くに置かれていた灯油ランプを積み上げられた書類へと放り投げた。ガラスが四散し、灯火が書類へ燃え移る。灯油が醸し出す赤い炎は秘密と共に天井へ舞い上がる。
「これで終わりですか?」
「終わりじゃない。拠点を移すだけさ、さあ後は武器庫の中にある武器を好きなだけ取って行ってくれ」
レオナルドが言う通り、壁の一角は武器庫となっていた。それもマスケット銃や弓矢ではない。最新鋭の装備ばかりだ。僕はワイン箱を一つ脇へ寄せ思いつく限りの装備品を詰め込む。
「もう持てる分持っていこう」
まずはMk18アサルトライフルを3挺、僕ら3人用だ。次にM249軽機関銃。分隊支援火器の名前通り大火力で僕らを支援する為の銃火器だ。一人で運用可能なのでメアリーに持たせよう。
ジュリアンは既にSR-25を持っているし。もう一つはジャベリン対戦車ミサイル。あまりに価格が高すぎるが命より高いものは無いので今回は出し惜しみなく使わせて頂く。陸海空統合部隊を相手にするにはどうしても個人単位での火力を求めてしまう。仕方がない。
そしてクレイモア地雷、その他の爆発資材を詰めこむ。
それと今回の戦闘に関しては米軍の支援は一切無い。理由は言わなかったが恐らくこの世界に介入している事実を他国に悟られたくは無いからなのだろう。しかしチャップマン少佐は決して僕を見捨てた訳ではなかった。
メアリー救出の一連の出来事をレオナルド伝いにチャップマン少佐へと伝えられ、その結果僕の海賊行為を彼らとの協力と引き換えに帳消しにすると言っていた。
また僕の名前はソマリア沖での臨検後、海軍の名簿から抹消され統合特殊作戦コマンドの上級作戦部隊に配置されているとも語っていた。
「僕は文字通り名無しの人間ですか」
上級作戦部隊になれば国防総省の分厚い機密で守られる。そして誰もが知ることなく極秘任務に就く。今回がその極秘任務の一つだろう。
「ウェルナー君。馬車に武器装備を詰めておいてくれ。敵を海上で蹴散らすj」
「了解しました」
そして僕とレオナルドの間で今回の作戦計画が練られた。プランアルファは海賊船を港から出港させ、沖合に展開するサーペント海軍を迎撃する。特殊戦闘艇を発進させ、特殊戦闘艇の火力を以て防衛に当たる。
ブラボーは上陸された後に徐々に後退しつつ海賊船を港から逃がすこと。
この二つが大まかな作戦計画だ。
「アルファを強く勧めます。戦闘艇による火力支援が見込めるなら少しでも火力は多い方がいい」
「なら君のプランで決まりだ。エアシーバトルになるぞ。覚悟はいいかい?」
「いけますよ。僕はNavySEALsですから」
胸の中に残る妙な不安感を押し殺し僕らはサーペント海軍との決戦の時を待った。